第102話:『不可視の祝辞 ー 01/26 14:45 執行開始』
第4部:不可視の祝辞
カイウスは弾かれたように身を仰け反らせ、それから、堪えきれないといった風に肩を震わせて笑い出した。
「あはは! 最高だね、レオン。自分の命を人質に取って『決算を汚すぞ』なんて。
……叔父貴の期待通り、いや、期待以上の『欠陥商品』だよ、君は」
一方、ヴァレリアンは表情ひとつ変えず、ただ静かに、チャコールグレーのウィンドウを指先で閉じた。
「――P.A.N.D.O.R.A、ポートを閉じろ。ログの同期を全停止。
ここからは『ゴミ捨て場』だ」
飢えた獣のようだったネオンエメラルドの光がふっと消え、カイウスの右目はただの無機質なレンズへと成り下がる。
カイウスは懐からネオンイエローのアイパッチを取り出すと、それで右目を覆い隠した。それからヴァレリアンの肩を殴る。
ヴァレリアンの灰の瞳と、カイウスの黄緑色の片目が柔らかく交差した。
「……あーあ、真っ暗。ようやく『独り』になれた気分だ」
ソファに重心を預けながら、カイウスはレオンに両手を挙げてみせた。
「だからさ、レオン。さっきの『血の決算』だっけ?
あんな面白いハッタリ、あの方に生中継で見せるわけにいかないでしょ?」
レオンはわずかに眉をひそめる。
「……見せる?」
カイウスはネオンイエローのアイパッチを指でパチンと弾き、自嘲気味に口角を上げた。
「……ああ。これさ、俺の右目。
今は“切ってる”けど――普段は、全部、叔父貴に届いてる」
一拍置いて、軽く息を吐く。
「こないだの仕事でヘマしてさ。跡形もなく吹っ飛ばしちゃって。
……代わりに、叔父貴が最高の『義眼』を誂えてくれたんだわ」
カイウスは天井を仰ぎ、退屈そうに続ける。
「なんつーか、最悪だよ。
こいつで見える景色は、全部叔父貴の『冬の揺りかご』に直送されてんの。
俺が誰を抱こうが、誰の喉を掻き切ろうが、全部な」
カイウスは、短く笑う。
「……まあ、その不自由な『檻』の代償に、P.A.N.D.O.R.Aを造ってもらったんだけどさ」
ヴァレリアンは一度メイを見た後、再びチャコールグレーのウィンドウを開き直した。
「……レオン。
『血の決算』は、我が社のポートフォリオにとっても不本意な損失だ。
本件はここで破棄します」
一瞬だけ視線を鋭くする。
「……“記録されない今のうちに”」
僅かに目を見開くレオンに対し、カイウスは目を伏せて息を吐いた。
「レオン、こちらが叔父上より預かりました二月十二日の祝辞……いえ、失礼。
『当日のオペレーション・スクリプト(台本)』の最終案です。
叔父上は『一字一句、呼吸の間まで変えぬように』と仰せですが……」
ここで少しだけ声を落とし、ヴァレリアンはレオンの目をまっすぐに見つめた。
「……レオン、このスクリプトは非常に『読み応え』があります。
確認されたあとは、今夜はお仕事の手を止め、早めに対策をされることをお勧めします」
「叔父貴も相変わらず凝り性だよねぇ。
レオン、そんなに難しい顔しないで。ヴァレリアンの持ってきたそのデータさ、別に呪いがかかってるわけじゃないんだから」
「四行目と八行目に、叔父上の“お気に入り”の韻律が含まれています。
そこだけは、感情を完全にオフにして読み飛ばしてください。
……生き延びることを、最優先に」
「……ねぇ、メイ先生?
CEOがフリーズしたら、俺らが抱えて壇上まで運ばなきゃいけないんだから、こいつ躾けといてよ」
メイはレオンの横で文面を確認したあと、目を細めた。
「解釈の余地を排した、単なる『外部祝辞』の確認ですね。
CEO、十五秒で内容をスキャンしてください」
「A.I.D.A。偽装バイタルログを『平時』で固定」
『了解。マスター・レオン。
……解析中。
四行目のフレーズが精神回路を阻害します。
当該データを『不可視』に設定。いつでもどうぞ』
レオンは震える指先をA.I.D.Aの計算通りに制御し、紙面を一瞥して、ふっと口角を上げた。
あえて四行目の不可視を解除し、読み込み直す。
青い目が文面を彷徨い、レオンの頬がひくついた。
「……『無価値な情動』というバグを、完全に捨て去りました。』か」
レオンは深くソファに背を預け、震える右手を左手で強く抑えつけた。
小指の影が立てる、湿った、それでいて鋭い脈動の音だけが響いている。
「……いいね」
レオンは一度だけ目を伏せ、それから笑った。
「ヴァレリアン、修正は不要だ。
叔父上の『愛』がよく伝わる、素晴らしいコピーじゃないか。
……このまま進めてくれ」




