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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

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第99話:『執行官の定義 ー 01/26 13:00 執行開始』

第1部:執行官の定義プロトコル


 一月二十六日 十三時


 午前中の監察官応対という不純物が、肌の裏側に嫌な熱を持って澱んでいた。


 レオンはそれを冷水という名の溶媒で洗い流し、自身の輪郭を再び硬く、鋭く、定義し直す。

 経口補水液が乾いた細胞に染み渡るたび、内なる負債が、支配不能な力へと変換されていく。


 世界はいまだ、得体の知れない爆笑と暴落の狭間で痙攣し続けていた。その狂騒をよそに、レオンは魔導銀糸の深紺ダークネイビーを纏う。

 シャワーで体温を落とした身体に、冷たい魔導銀の裏地が吸い付く。それは重い鎖であり、唯一の守りだった。


「……ヴァルプス。なにか……香りはないか。

 私の『内側』に膜を張りたいんだが……君が一番マシだと思うものを、私に叩き込んでくれればそれでいい」


 背後で控えるヴァルプスを振り返ることもなく、レオンは問いかけた。ヴァルプスは少し目を伏せてから顔を上げる。

 ヴァルプスが宙に滲ませた影の底へと、滑らかに手を差し込む。まるですでにそこにあることが数百年も前から決まっていたかのように、小さな黒い木箱を迷いなく引き出した。


「……では、この一番古臭くて、底に沈んでいたやつにしましょう。

 ……ボクの古い身内の遺品ですが、正直、捨て忘れていたゴミのようなものです」


 銀の蔦が絡みつく、煤けた蒼い小瓶だった。

 長い歳月が銀を黒く変色させ、一見すれば『打ち捨てられた遺物』にしか見えない。

 だが、ヴァルプスが無造作に水晶の栓を抜いた瞬間。

 ――凍りついていた空気が、一変した。

 立ち昇ったのは、湿った苔と、遠い昔の祈りの残り香。


「……変わった匂いだな。

 ……なんだか、『終わったはずの物語』の匂いがする」


「……古森の祈り、という名前がついています。古臭い木の匂いだ。

 今のあなたには不釣り合いなほど清廉ですが、まあ、これくらい『潔癖』な方がマシかもしれませんね」


 ヴァルプスの指先が、冷水で引き締まったレオンの項をなぞる。続いて耳の後ろと手首の動脈の上を辿った。

 琥珀色の香油が体温で解け、清潔な肌の奥へと浸透していく。

 午前中の残り香を完全に封殺し、代わりに立ち昇るのは、静謐で暴力的なまでに洗練された「決意の香り」だ。


 それは、数百年前に焼き捨てられた聖域の、燻り続ける灰の匂いだった。

 華やかさなど微塵もない。ただひたすらに、湿った土と、長い時を経て結晶化した硬質な樹脂が混じり合う、完全なる拒絶の香り。

 ヴァルプスの指がレオンの肌にその香油を刷り込むたび、午前中の交渉の残滓が、冷徹な無へと塗り潰されていく。


「……ふん、死者の祈りか」


 ヴァルプスの指が離れた瞬間、レオンは無表情にアイアングレーのタイを手に取った。

 喉元をネクタイで絞め上げ、レオンは自らをCEOという名の執行官へと完成させた。その襟元からは、凍土に咲く花のような、鋭利で残酷な清涼感が微かに漂っている。

 ヴァルプスがそっと歩み寄り、レオンの首もとでネクタイの結び目を修正する。

 午前中は少し着崩れていたネクタイは、ヴァルプスの手で午後からミリ単位で整えられる。


「……これより、CEOとしての『自動処理』を開始する」


 鏡の中には完璧なカッティングのスリーピーススーツに身を包んだ、冷徹な最高責任者が立っているだけだった。


 そこにいるのは、もはや午前中の男ではない。



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