表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

103/166

第98話:『蒼銀の断罪 ー 01/26 11:45 行開始』

 第7部:蒼銀の断罪クリーンルーム・クライシス


  一月二十六日 十一時四十五分

 


 創星連邦からのリモート・ハラスメントをアルトが強制終了させた直後。

 ノックもなしに、しかし音もなく執務室の木の扉が開く。

 そこに立っていたのは、光を反射するほど純白な制服を着た男、蒼銀連邦 アルジャン・ブルー監察官、エティエンヌ・ル・ブランだった。

 彼は入室するなり、レオンの執務机に近づき、白い手袋をはめた人差し指で天板をスッと拭った。


「……CEO。1マイクロメートルの塵も、我ら蒼銀連邦の綻びとなります。

 ……ですが今、この指先に付着したのは……ダストではありませんな」


 エティエンヌは指先を目の前にかざし、ブルーグリーンの瞳で凝視する。


「……脂(不祥事)の気配がします。それも、極めて下俗な……路地裏の、……豚の、……脂だ」


 執務室の空気が、これまでのカオスとは違う「死の静寂クリーンルーム」へと一変する。


「蒼銀連邦の救世主が、不浄なパケット(ラーメン)を摂取し、バイタルを汚染させたというログが、アメリア指数の暴騰と共鳴している。

 ……CEO。今すぐその口を開けなさい。

 ……私の手袋が、貴方の喉の奥に潜む『不潔』を、直接摘出パージします」


 エティエンヌの白手袋が、レオンの頬に触れようとしたその瞬間。

 室内に響き続けていた無感動なタイピング音が止まり、メイが眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。


「エティエンヌ監査官。……その不躾な指を下げてください。それは『油脂』ではありません」


「……何だと? メイ弁護士。

 私の感覚が、この下俗な不浄を誤認したとでも?」


「ええ。それはCEOが昨夜、ルテティアの最底辺にある『民衆の業』を、自らの肉体に直接取り込み、高潔に中和デトックスされた痕跡です」


 メイは淡々と、しかし一点の曇りもない確信を持って言い放つ。


「これは“路地裏の民衆との直接接触による、現場主導型の社会・経済動態観察”という政治ストーリーであり、CEOが自ら泥に塗れることで、ルテティアの最底辺にある消費エネルギーを実地調査した──高潔なまでの献身です。

 ……あなたが行おうとしている『清掃』は、国家の貴重な実地データを破壊する背信行為にあたりますが?」


 エティエンヌの指先が、レオンの喉元数センチで止まった。

 彼の「潔癖」という正義が、メイの「高潔な献身」という名の巨大な屁理屈に真正面から衝突する。


「……献身、だと?

 この……深夜のスラムで、一人、……呪文のような注文コールを唱えていたという、この醜いバイタル・ログが……?」


「『マシマシ』は、スラムにおける資源分配の最適化を問うための隠語です。……違いますか、CEO?」


 メイの冷徹な視線がレオンを貫く。

 イエスと言え。さもなくば、その喉に白手袋を突っ込まれて、全てを物理的に引きずり出されるぞ、という無言の圧力が、ニンニクの刺激よりも鋭く胃壁を刺した。


「……そうだ。

 ……私は……ただ、……ルテティアの……スープを……覗きに行っただけだ……」


 レオンはエティエンヌを見つめ、一度ぐっと奥歯を噛み締めた。


「……エティエンヌ。……君には……この泥の……熱が……分からないのか……」


「…………」


 エティエンヌは、白手袋の指先とレオンの顔を交互に見つめ、最後には忌々しげに手を引いた。


「……よろしい。ならばその『民衆の業』とやらを、蒼銀連邦全土に周知させましょう。

 ……メイ弁護士、今すぐプレスリリースを。

 『救世主、スラムの困窮をその身に刻む』――ただし、レオン。もし明日の健康診断で、君の血液から『民衆のコレステロール』が基準値を超えて検出されたら、その時は我が国の医療ユニットが君の全身を完全洗浄デトックスします。

 ……覚悟しておくように」


 エティエンヌは最後に一度だけ執務机を睨みつけると、音もなく去っていった。


 執務室に、ようやく「地獄」のような静寂が戻る。


「……メイさん。プレスリリースの……タイトル……変えてくれ……」


 レオンは、指先だけで執務机を掴み、小刻みに震えながら声を絞り出した。

 窓の外からは、プレスを待たずして情報の断片を掴んだルテティアの民衆が、バゲットを掲げて「救世主万歳!」「俺たちのスープの王!」と、熱狂的な合唱を巻き起こしているのが聞こえてくる。


「変更ですか? どのようなものに」


「……『救世主、……深淵スープに……敗北』……。

 ……いや、……『不渡り(デフォルト)……確定』……」


 レオンはついに膝をついた。エティエンヌの「白手袋」という脅威が去った瞬間に、鉄の意志でせき止めていた「マシマシ」の奔流が、一気に胃壁を突き破ったのだ。


 淡い青い光を放つA.I.D.A.が、ゆっくりとしたトーンで報告をする。


『……マスター・レオン。

 胃粘膜の……崩壊係数、……レッドゾーン。

 ……ネットの掲示板には、……「出し切るまでが……遠足」と……書いてありました。

 ……聖域トイレへの……最短ルート、……デプロイしますか……?』


「……あぁ……マルヴェイ、……お前も……」


「……分かっているよ、レオン。……君のその『脂ぎった苦悩』、……同期ノードとして、……一滴残らず……啜らせてもらうよ……」


 マルヴェイの歪んだ愛の囁きも、もはやレオンの耳には届かない。

 レオンはヴァルプスの影に支えられ、史上最高の「嘘」をルテティアの空に置き去りにしたまま、転がるようにしてプライベート・レストルームへと消えた。

 扉のロックが、ガチャンと「断絶(Connection Terminated)」の音を立てる。

 月曜日の市場が開くその瞬間、世界は「聖なるサンプリング」の嘘を熱狂的に買い支えるだろう。

 だが、その救世主は今、一魔貨の価値もない個室の中で、たった一人の自分自身と……そして「ニンニク」という名の不変の真実と、孤独な戦いを続けていた。


「……う、……うう……ッ……」


 救世主の悲痛な呻きだけが、消臭魔法の効かない個室に、虚しく響き渡った。



※本作は、noteにて先行公開していた記録ログのアーカイブ版です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ