第97話:『銀滅のアーカイブ ー 01/26 11:30 執行開始』
第6部:銀滅のアーカイブ(デジタルツイン・インテグリティ)
一月二十六日 十一時三十分
蓬莱の狸たちが嵐のように去った直後、今度は執務室の壁一面のホログラムが、「警告色の真紅」に染まった。
『――警告。
エラーコード:2629(GARLIC-TOXIN)。
……未定義の幸福要因により、創星連邦中央演算機がオーバーヒート。
……サーバーラック3基が物理的に溶解……』
創星連邦(USG)のAI監察ユニットの声が、スピーカーからノイズまじりに響く。
彼らの高度なアルゴリズムは、レオンがもたらした「アメリア・コインの爆騰(市場の幸福)」と、レオン自身の「致死レベルの体調不良(個人の不幸)」という矛盾したバイナリを処理できず、論理崩壊を起こしていた。
『監察官……ノア・コード……Login』
執務室の空中に、突如として銀のノイズが走り、等身大のノア・コードが「実体化」された。彼は創星連邦の首都シリコン・バベルに座ったまま、レオンの毛穴から漏れるニンニクの分子まで、超高精度センサーでリモート監視していた。
創星連邦の監察官タグを提示したあと、全身銀のボディスーツを光らせながら椅子に座る。
「[演算中...] ……CEO。理解不能です。なぜ貴方のバイタルには、これほど大量の『未定義の芳香性パケット(ニンニク)』が残留しているのですか?
[Error: Logic Conflict] 救世主という名の高機能OSに、豚脂という名のジャンク・データを直接インストールするなど、論理的自殺に等しい」
ノアは瞬きを止めたまま僅かに口を開く。
「……窓を開けてください。
外壁のドローンが、貴方の[熱暴走(腹痛)]を起こしている胃壁ユニットを、最新の蒼銀プロセッサへ強制換装します。[Update Required: Ver. 2.0]」
レオンは無表情に、足元の床を二度、靴の先で叩いた。
その微かな振動を、アルトだけが正確に拾った。
十二階の床が青白く発光し、床をすり抜けてシリアル・V・アルトが静かに現れる。レオンの背後に位置どったアルトはノアと冷たい視線を交わした。
アルトの魔導タブレットに、ノアから直通のチャットが飛び込む。
[Request] CEOの胃壁のライブログを共有せよ。
[Reply] 拒否……再考……0.1秒だけポート許可。
しばらく無言のチャットが交わされた後、アルトは薄水色の瞳を細めて顎を上げる。
「……ノアさん。……うるさい。
……私はいま、CEOの『悶絶ログ』を……[Synchronizing...(同期中)]。
複製中にハードをいじられると、ハッシュ値が狂う。
……君のロジックは、ただの『スクラップ&ビルド』。
……おもちゃを壊して組み直したいだけの、子供っぽい[Request: Destruction](破壊衝動)」
ノアのホログラムが、[Warning: Logic Conflict]を吐き出しながら、ブルースクリーン一歩手前のノイズで激しく明滅する。
「……何だと? 貴様、連邦の加速主義を……[Error]……否定するのか……!」
「……否定じゃない。[Not Interested](興味がない)だけ。
私の仕事は、『複製』。
CEOの……その……ニンニクで荒れた……[Detected: Ugly Gastric Wall](醜い胃壁)も、絶望に震える指先という名の[Analog Noise]も、
……一ミクロンの誤差もなく……記録して、永遠に定着させること……」
アルトは目を伏せて、気だるげにタブレットの実行キーを叩いた。
ノアのホログラムの周囲に、真っ赤な警告帯が幾重にも巻き付く。
「……[Processing: Archive Lock]。
……ノアさんの権限を……『読み取り専用』の檻に……隔離しました。
……改造して別物にするなんて、私の設計思想への冒涜。
CEOを[Access Denied]のは、世界で唯一、私のコード(思想)だけが“正確に触れていい”。
……USGの古いOSは、[Report: Spam](スパム報告)しておきますね……」
アルトは事務的にタブレットの「遮断」ボタンを親指でタップした。
「……キサ……マ…………その“完全性”こそが、……最も非効率だ……[Critical Error: Connection Lost]……」
「――Update: Failed(更新に失敗しました)」
ノアのホログラムが激しく明滅し、創星連邦からの通信が不安定になる。
ノアの銀の姿が、最後に「[Update: Failed]」という虚しい点滅ログを残して、霧のように霧散した。
窓の外に張り付いていたドローンたちが、一斉に機能を停止してバラバラと落下していく。執務室の空中に漂っていた銀の光が、アルトの「スパム報告」によって無慈悲にゴミ箱へと消去された。
「よくやったアルトくん」
未だに椅子に縛られたままのマルヴェイがアルトを褒める。
「……兄さんの同期対象が、……変なエンジニアの『保存用コレクション』にされかけている……。
……でも、……とりあえず、……USGの奴は消えた……!」
マルコスはただただ震えながらマルヴェイを抱きしめた。
その腕は、安堵ではなく、まだ形を保っている現実を確かめるためのものだった。




