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犬のぬいぐるみ(A大学病院・血液内科 無雑医師の記録)

今から15年ほど前のことです。



まだ当時の血液内科病棟は、今ほど持ち込み制限が厳しくなく、患者さんのベッド周りにはちょっとした日用品や趣味の品が置かれていました。


その日も、私は外来と病棟を行き来しながら日常業務をこなしていました。


そんな中、悪性リンパ腫で入院したAさんという患者さんがいました。


Aさんは入院初日、大きな茶色の犬のぬいぐるみを抱えて病室に入りました。

大きなといっても、枕代わりに使えるくらいのサイズです。



病棟スタッフも最初は「かわいいですね」「お守りですか?」と笑顔。


本人は「家から持ってきたんです。いると落ち着くので」と話していました。


治療は順調に進み、Aさんは退院が決まりました。


そのとき、同室のBさんに犬のぬいぐるみを手渡し、


「これ、次はあなたを応援してくれますよ」とメッセージカードを添えました。


Bさんも「ありがとうございます。必ず元気になります」と笑顔で受け取りました。


それから、このぬいぐるみは患者さん同士で受け渡されるようになりました。


BさんからCさんへ、CさんからDさんへ…。


ぬいぐるみに応援メッセージが添えられ、


「この犬を持つと元気になれる」という小さなジンクスが病棟に広まっていきました。


ところが、です。


Aさんが再入院しました。悪性リンパ腫の再発でした。


少ししてBさんも再入院。感染症によるものでしたが、やはり病棟に戻ってきました。

そしてCさんも…。


偶然と言えば偶然ですが、あまりにも続くので、


患者さんや看護師の間で「この犬、呼び戻してるんじゃない?」と冗談交じりに囁かれるようになりました。


やがて、犬のぬいぐるみを持つことを嫌がる患者さんまで出てきました。


「縁起が悪い」と。



それでも「お守りだから」と押し付ける患者さんもいて、


何となく病棟全体が落ち着かない雰囲気になってきました。


その頃、ある看護師が私のところに来て言いました。


「先生、やっぱりあのぬいぐるみ、やめた方がいい気がします…。古いし、衛生的にもどうなのかなって」


確かに、血液内科の患者さんは免疫が落ちることも多く、布製のぬいぐるみは感染源になりかねません。


私は「そうですね。じゃあ回収しましょう」と答えました。


回収はしましたが、困ったのはその後です。


最初の持ち主であるAさんに返すわけにもいかず、かといって捨てるのも気が引けます。


結局、カンファレンスルームの棚の上に置くことにしました。


それ以来、不思議なことにぬいぐるみを持った患者さんが再入院することはなくなりました。


偶然かもしれません。科学的な因果関係など説明できません。


ただ、棚の上の犬のぬいぐるみは、時折、誰も触っていないはずなのに向きが変わっていることがありました。


会議中にふと視線を感じ、顔を上げると、その黒いガラスの瞳がこちらを見ているように思えることも…。


結局、この犬が何だったのかはわかりません。


けれども、病棟のスタッフの誰もが、棚の上の犬にだけは不用意に触れなくなったのです。


そして今も、その犬は棚の上から静かに見下ろしています。


今はA大学から、別の大学に移って、民間病院にいますが、あの犬はどうなったのだろう・・・(汗

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