北◯の拳 〜血液内科一子相伝〜(A大学病院・血液内科 無雑医師の記録)
ある日の午後、病棟の休憩室。
無雑医師は、急患対応の合間に紙コップのコーヒーを啜っていた。そこへ、後輩医師のKがドサッと椅子に腰を下ろし、ため息をつく。
『いやぁ…今日も大変ですよ。血液内科って、やっぱ一子相伝ですよね』
「ん?」
と無雑医師の眉がピクリと動く。
Kは続けざまに、まるで真理を語るかのように言い放った。
『教えることはできぬ。盗め!』
……瞬間、無雑医師の脳内で「アタタタタタタ!」と某有名BGMが流れ出す。
北◯神拳のラ◯ウがつぶやく映像が浮かんだ。
「北斗◯拳は一子相伝、教えることはできぬ。盗め!」
(いやいや、医療は拳法じゃないぞ…)
その言葉に触発されて、無雑医師の記憶は数年前に飛んだ。
研修医時代、血液内科ローテでは基本「放置プレイ」。採血、点滴、骨髄穿刺、輸血管理…何もかもが実地でいきなり始まる。調べてきているのが当然であり、やり方を教わることはない。
指導医の口癖は『やってみればわかる』。実際にやってみたら、失敗して患者に『痛い!』と言われ、深く反省。本や論文を読み漁り、翌日また挑戦する…そんな日々。
聞けば教えてもらえるが、何がポイントなのかが最初はわからない。頼れるのは教科書と患者の反応だけだった。
後期研修に進んでも、その状況はあまり変わらなかった。
診療の場数は増えたが、やはり「これはこういうもんだ」と自分で判断し、次々と症例に挑む日々。毎日のように重症患者を受け持ち、化学療法、感染症対応、移植後合併症など、臨床の現場で「北斗百裂拳」さながらの連続技を繰り出すような忙しさ。
(おそらくここまで独学で来た血液内科医は少ないだろう…)
そんな無雑医師の前で、後輩Kは改めて言った。
『血液内科は一子相伝。教えることはできぬ。盗め!』
近くにいた研修医たちは
『え…盗むって…技術を?』
と目を丸くしている。
ある者は
『診療ノートを盗めってこと?』
別の者は
『骨髄穿刺の針の持ち方を盗む…?』
と本気で悩んでいた。
無雑医師は心の中で全力ツッコミ。(いや、ちゃんと教えろや!)
無雑医師は決意した。
『いろは』だけは必ず教える。
病歴のとり方、基本的な検査の流れ、抗がん剤投与前後の安全確認、感染症兆候の早期発見…最低限の土台を叩き込むことにした。
『これさえ覚えれば、明日からの当直は死なない』
そんなスキルをセットメニュー化して研修医に教えた。
研修医の一人は感動のあまり『師匠!』と呼びそうになったが、周囲の目を気にして『先生!』にとどめた。
数か月後、病棟で耳にした会話。
教え子A『血液内科は二子相伝になったらしい』
教え子B『じゃあ三人目以降は?』
教え子A『三子でも四子でもいいらしい』
廊下の陰で聞いていた無雑医師、思わず苦笑。(まぁ…ちゃんと伝わってりゃ、それでいいか)
「イロハを教えなかったら、血液内科が難しいって誰もきませんよ〜」と教授たちにも言って歩いていましたが、後輩からもそんな話が出たことを思い出しました。血液内科・・・若手はいつでも募集中です!




