ドラゴンクエスト3(A大学病院・血液内科 無雑医師の記録)
A大学病院血液内科のカンファレンスルーム。
時計の針は朝の8時を指しているが、既に空気は濃厚な疲労感で満ちていた。
机の上には診療録、採血結果、検査オーダー票、そしてカップ麺の空容器。
昨晩当直だったI医師は、眠そうな目をこすりながら、次々と患者のプレゼンテーションをこなしていく。
その隣では、無雑医師が静かにコーヒーを啜っていた。
血液内科は、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫といった血液がんの治療を担い、
全身管理も抗がん剤治療も免疫療法もこなす、いわば「オールラウンダー」の科だ。
そして当然のごとく、忙しい。とにかく忙しい。
患者の全身状態を見つつ、検査や治療のスケジュールを組み立て、抗菌薬の調整もする。
さらに感染症科や腎臓内科との連携も欠かせない。
診療科の垣根を越えた動きが日常茶飯事なので、経験値は確かにたまるが……それ以上に体力も削られる。
「……先生、これ、正直言ってしんどいです」
朝カンファの終了間際、若手のJ医師が深いため息とともに漏らした。
彼は真面目で優秀だが、ここ数週間、当直と日勤が詰め込み気味で、顔色は少し青い。
外来の合間にも病棟からナースコールが飛んできて、昼ご飯を落ち着いて食べられた日は数えるほどしかない。
「経験は積めるんですけど……なんというか、キャパオーバーな感じで……」
机の向こうで無雑医師がニヤリと笑う。
「J先生。今の君の状況をゲームで例えてやろうか?」
「ゲーム……ですか?」
「そう。ドラゴンクエスト3だ」
突然のゲームタイトルに、J医師の眉がピクリと動く。
同席していた他のスタッフも、「また始まった」とでも言いたげな表情だ。
無雑医師のたとえ話は、いつも妙に的確で、そしてちょっと長い。
「ドラクエ3では、本来パーティは4人で戦うだろ? 勇者と戦士と僧侶と魔法使い。
ところがだ……今の血液内科は、その4人パーティのはずが、君と僕、つまり1人か2人しかいない状態なんだよ」
「……あぁ……」
「しかも、敵は“スライム”じゃない。ほぼ“バラモス”か“大魔王ゾーマ”クラスだ。HPも攻撃力も桁違い。通常パーティなら全員で分担して戦うところを、君たちは2人で全部受けてる」
「それは……確かに……」
「その分、経験値は2倍から4倍もらえるんだぞ? 同じ時間で強くなれる。ほら、レベルアップのスピードがえげつないことになってる」
J医師は苦笑しつつ、どこか納得したような顔をする。
実際、この環境で働けば、半年で身につくスキルが、他の病院では数年かかることもある。
「ただしな――」
無雑医師は指を一本立てて、わざと間を取った。
「死亡率も上がる」
「……ですよね」
「HPがゼロになったらゲームオーバーだ。しかもリアルだから復活の呪文はない。
だから、限界だと思ったら早めに言ってくれ。倒れる前にな」
J医師は小さく頷いた。
その表情は、少しだけ軽くなったように見える。
疲れているのは間違いないが、自分の頑張りが“経験値稼ぎ”として認められたことは、妙な励みになるらしい。
「……でも、僕は僧侶タイプなので、バラモスとかゾーマはきついです」
「なら、勇者が横で剣を振るってやるよ。
ただし、その勇者もMP切れ寸前だから、ポーションくれると助かるけどな」
スタッフルームに笑いが起きた。
忙しさは変わらない。患者数と医師数のアンバランスもすぐには解消されない。
けれど、こうやって冗談を交わすことで、少しだけ空気が柔らかくなる。
そして今日も、二人パーティの血液内科は“大魔王”級の一日と向き合うのだった。
まぁ、研修医の先生含め、この経験値の稼ぎ方はドラゴンクエストをパーティ組まずに一人旅して、経験値を荒稼ぎしていると良いように捉えたら良いと言いました。私はそう思って、今でも感謝しています。




