引く医師たち(A大学病院・血液内科 無雑医師の記録)
A大学病院の内科系後期研修医時代。院内では“ある意味”有名な3人の医師がいた。
血液内科の無雑医師、循環器内科のS医師、そして消化器内科のT医師である。
3人の共通点はただ一つ──当直をすると必ず何かが起きる。それも軽症ではなく、ICU直行クラスの重症患者だ。
夜が明ける頃には、全員が汗だくになって医局に戻ってくる。
無雑医師は特に病棟急変の遭遇率が異常だった。
コードブルーが鳴れば「また無雑先生の当直か…」と看護師が苦笑するほど。
現場に着けばICLSインストラクターとしての腕を存分に発揮し、指示は正確。
患者の生還率は高いが、その分「無雑先生=引く」というイメージは不動のものになっていた。
循環器内科のS医師は“心筋梗塞引き”の異名を持つ。
当直日には必ずST上昇型心筋梗塞が搬送され、PCIが深夜に何件も続く。
1晩で3件のカテーテル治療をこなした記録は今も破られていない。
消化器内科のT医師は“消化管出血引き”として恐れられた。
深夜の救急搬送で吐血や下血の患者が立て続けに到着し、
内視鏡室は夜通し灯りが消えない。「T先生の当直=胃カメラ当番増員」は暗黙の了解だった。
そんな3人だが、領域を超える症例も多い。
一人で対応が難しい状態になると、S医師やT医師はほぼ反射的に無雑医師へ電話する。
「無雑先生、ちょっと来てもらえます?」「またですか…」
こうして無雑医師の経験値は爆発的に上昇していった。
ある日、各科教授陣の会議でこの3人の話題に。
循環器内科教授が言った。「お前ら3人、まとめてお祓いに行け」
消化器内科教授も頷く。「患者を引き寄せすぎだ」
日曜日、S医師とT医師は有名な神社へ。
厳かな雰囲気の中で祓い清めてもらい、御守りを授かって帰ってきた。
効果は絶大で、翌週から当直が驚くほど静かになった。
血液内科教授も
「無雑、お前も早く行け」
と言ったが、
無雑医師は
「経験値を増やしたいので、このままで」
と拒否。
その結果、彼の当直は相変わらずフル稼働。夜中じゅう院内を走り回る日々が続いた。
看護師が笑いながら言う。
「先生、やっぱり何かついてますよ」
「まあ、いいじゃないですか。一生で経験できる症例なんて限られてますから」
無雑医師はそう言って、また別の病棟へと走っていった。
やはり“引く医師”には、何かが憑いているのかもしれない。
若かりし日々の経験が、今の自分を作ってくれていると感謝しています。けど、もうこんなに引かなくて良いです。はい。




