引く研修医(A大学病院・血液内科 無雑医師の記録)
研修医時代の無雑医師には、ある種の“異名”があった。
それは——「引く研修医」。
もちろん、パチンコで大当たりを連発するような意味ではない。
病棟内での“引きの強さ”、すなわち病棟急変、特に心停止を引き寄せるという、不名誉かつ縁起の悪い能力(?)を指していた。
月に1〜2回の研修医当直。
普通なら数回に1度、運が悪ければ心停止に出くわす……くらいのものだろう。
ところが無雑医師の場合、7割の確率でその夜にアレストが発生する。
しかも、同じ科の患者だけでなく、外科・整形・精神科……病棟をまたいで、あらゆる場所で起こるのだ。
「あの先生が当直だと、なんか起きる」
「何か呼んでるんじゃない?」
「背中に霊でも乗ってるんじゃ……」
中には、ガチの霊感持ち看護師に「後ろ、重くないですか?」と聞かれたこともあった。
そんな異様なジンクスを背負ったまま、研修医として最後の当直を迎えた。
“引く”のは今日で終わりにしてほしい——そう願いながら、病棟巡回に出る。
ある病棟に差しかかると、ナースステーションから声が飛んできた。
「あ、無雑先生が当直だ。……今日も、きっとどこかでアレストありますね」
笑いながらも、妙に確信めいた口調の看護師。
「いやいや、そんなこと……」と笑い返したが、心の奥では“やめてフラグ立てないで”と全力で祈った。
それから20分後——。
さっきの病棟から緊急コールが鳴り響く。
駆けつけると、さっきまで普通に話していた患者さんがベッド上で倒れていた。
心肺停止。
瞬間、体が反射的に動いた。
ICLSインストラクターとして叩き込まれた蘇生の流れが、脳より先に手を動かす。
「気道確保!」
「胸骨圧迫開始!」
「アドレナリン1mg静注!」
もう一人の研修医が心マを続け、もう一人が薬剤を準備する。
蘇生のリズムと声掛けが病室に響く。
数分後——脈拍再開。
胸の奥で、ほっと息が漏れた。
CTや内視鏡で精査を進めた結果、片側の気管支が肺癌で完全閉塞していたことがわかった。
突然の換気不全による心停止。
迅速な蘇生と気道管理が間に合ったのは、まさに紙一重だった。
その後、この患者さんは手術を受け、社会復帰まで果たした。
命を救った充実感と、たまたまそこに居合わせた偶然の重さが、胸の中で交錯する。
……しかし。
この出来事を境に、病棟内での無雑医師の異名はさらに広まった。
「ほら、やっぱり引くじゃないですか」
「最後の当直まで引くとか、もう才能」
「今後も遊びに来るだけでアレスト呼びそう」
結局、“引く研修医”の称号は、研修医終了と同時に終わることなく——語り継がれることになった。
本人としては、「いや、そんな称号いらないから」と思いつつ、
「あれはあの看護師のフラグが原因だ」と今でも信じている。
昔ほど、引きが強くなくなりました。はい。もうゆっくり過ごさせてください。




