体調が悪いから(A大学病院・血液内科 無雑医師の記録)
血液内科の外来は、静かなときは本当に静かだ。
患者は抗がん剤の点滴を受けたり、経過観察で診察を待ったりしている。待合室には雑誌をめくる音と、
時折の咳払いしか聞こえない。
そんな穏やかな空気を切り裂くように、突然、外来の電話が鳴った。
看護師が受話器を取ると、表情が一変する。
「先生…Mさんからです。『体調が悪いから今日の抗がん剤は無理、キャンセルで』って…」
私は電話口に出て、穏やかに、しかし確実に問いかける。
「体調が悪いんですね? では、病院に来てください」
すぐに返ってきたのは、予想外の言葉だった。
「あ、いやいや、体調悪いから行けません」
(心の声)いやいや…体調が悪いから来てくださいって言ってるんですが…。
Mさんは多発性骨髄腫で抗がん剤治療中。
免疫力は下がっており、肺炎や敗血症のリスクが高い。
早急に来院して検査しなければ命に関わる可能性もある。
必死で説明するが、返ってくるのは
「今日は無理だから、また元気になったら」
別の日、別の患者からも同じような電話が来た。
「先生、今日は体調が悪くて通院できそうにないんです。
ベッドから起き上がれないから、来週にします」
「いや、それ救急車呼んでください!」
私は何度も心の中で叫ぶ。
「病院は、体調が悪い時に行く場所です!」
もう外来の壁に貼り紙をしようかと本気で考える。
いっそ診察券の裏に刻印してしまいたい。
結局、その日もMさんは来院せず、翌週元気に現れた。
「あの時はちょっとしんどくて〜」
と笑うMさんに、
「肺炎だったら危なかったですよ」
と告げると、
「じゃあ今度はちゃんと来ます!」
と笑顔。
こうして、外来には今日もまた
「体調が悪いからキャンセルします」
という電話がかかってくる。
医療従事者としては不思議な電話なんですが、どうして体調が悪いからキャンセルするのかと。「体調が悪いなら病院に来い」と言いたくなります




