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体動困難な患者②(市中病院での 無雑医師の記録)

市中病院での夜間当直。外は冷たい雨が降り、救急外来は比較的静かだった。


しかし、そんな穏やかな空気を一瞬でかき消す救急隊からのコールが鳴る。


「70代男性、透析中。体動困難、呼吸苦あり。バイタルやや不安定。搬送時間5分。」


受話器を置くと同時に、私は救急外来のスタッフたちに声をかけた。


「モニター、輸液ルート確保、採血準備。酸素もセットして。」


やがて、ストレッチャーに乗せられた患者が到着する。



名前はSさん。数日前から透析を開始したばかりの糖尿病性腎症の患者だ。


顔はやや蒼白で、呼吸は浅く速い。体はぐったりしていて、声をかけても動きが鈍い。

看護師がモニターにリードを装着すると、波形は妙にゆっくりとうねる。


「……サインカーブだな」



私の脳裏に危険信号が点滅する。


心電図の重篤な高カリウム血症パターンだ。個人的にはこの時が最初で最後、見たこともない波形。

すぐに動脈血ガスをオーダー。

結果はpH 7.32。アシドーシスはあるが重度ではない。透析もサボってはいない様子.


ここまで急に悪化するには何かきっかけがあるはずだと患者に尋ねた。


「Sさん、最近何か変わったことはありましたか?」


Sさんは少し申し訳なさそうに笑った。

「……透析が始まったから、果物も食べていいと思って……

今まで我慢してたバナナを……1房……全部、食べちゃいました。」


一瞬、私は耳を疑った。

「1房全部? 何本?」

「7本くらいですかねぇ……」


その瞬間、すべてのピースがはまった。


「それだ!」


追加の血液検査でカリウム値は9.0 mEq/L。


ほぼ即死レベルだ。


すぐに腎臓内科医へコール。


「高カリウム、透析患者、K値9.0、波形サインカーブ、今すぐ透析を!」


深夜の病棟から眠そうな腎臓内科医が現れ、迅速に透析が始まった。


透析のダイアライザーがカリウムを抜き始めると、

モニターの波形は少しずつ正常化し、患者の表情にも力が戻ってくる。


治療が一段落したところで、腎臓内科医がSさんに説教を始めた。


「Sさん、透析中も生野菜や果物、特にバナナは絶対に食べすぎちゃダメですって言割れていませんか?」

「だって……透析始めたらもう大丈夫かと……」

「ダメです! 今回は運良く助かりましたけど、本当に危なかったんですから!」


私は横でそのやり取りを聞きながら、内心で苦笑いしていた。


(いや、笑い事じゃないけど……)

救急外来の看護師たちも、


「バナナ1房って……普通、食べても2本くらいでしょ……」

と半分呆れ顔だ。


その夜、Sさんは透析後に病棟へ入院し、翌日にはだいぶ元気になった。

そして、退院前の回診でこう言った。


「先生、もうバナナは見たくもありません……いや、でもやっぱり好きなんですけどね。」


私は苦笑しながら答えた。


「Sさん、それは一生、葛藤してください。」


この出来事以降、私は新しく透析を始める患者には、

必ず「バナナ1房は命に関わります」と具体的に説明するようになった。


サインカーブを見たのはこの時だけですね。腎臓内科の先生も初めてだったらしく、二人でサインカーブから波形が正常化していくのを「お〜」って言いながら見ていました

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