102話 命令
教会本部、大広間。
そこには現在、第三王女リリアーナの名の下にて召集された、教会本部に詰めかけている貴族たちが集結していた。
彼らの大半は第三王女に本当に敬意を持っているわけなどないが、それでも集結したのは──
──勿論、認めさせるためである。
今回の混乱の、最大の原因。すなわち教皇オルテシアの失踪。
教皇という多くの信徒を導くべき立場でありながら、何一つ残すものをなく職務を放棄した。
到底許されるべきではないことだ。可能であれば責任を取らせ、残された信徒に何一つ不自由をさせない義務がある。しかし、当の教皇はもう居ない。
じゃあ、同じ王族が責任を取るのが義務だろう。
そして勿論、置いて行かれただけの可哀想な自分達に責任は無い。
その理論を押し通し、あの第三王女に責任を認めさせ、自分達の利権だけは確保する。
彼らの考えていることは、それだけだ。
……何、恐れることはない。
所詮は世間知らずのお姫様、この手のことには慣れているはずもない。
加えて、自分達は知っている。
現在第三王女派閥は、軍隊戦力──すなわち自分達の力を何よりも求めていることを。
仮にも彼らは貴族、その辺りの利権の匂いは逃さない。
向こうが一番求めているものを自分達が確保している以上、向こうは自分達の言うことに逆らえない。それさえ押さえていれば、いくらでも強気に出れるだろう。
そんなことを考えている雰囲気を漂わせ、待つことしばし。
遂に、壇上にリリアーナが上がる。
見たところ、相当に緊張している様子。これならば容易い、と考える貴族たちの前で……リリアーナが、教皇の失踪についての説明を開始した。
説明内容は、概ね真実その通りの内容。
教皇オルテシアが、国を裏切った。加えて第三王女派閥の屋台骨であるトラーキアの当主と、かの中立貴族の長フェイブラッドとまで結託し、王国を滅ぼそうと目論んでいるとか。
それを聞いた貴族たちの反応は。
──当然。
「ふざけないでいただきたい!」
「そのような荒唐無稽な話をして、我々をおちょくっているのか!?」
「我らの力が欲しいからと言ってそのような下劣な話の盛り方をするなど、いくら王族とはいえやって良いことと悪いことがありますぞ!!」
信じない。
事実かどうかなど関係ない。裏を取ることも、証拠を求めることもない。
都合の悪いことは真実と認めない──それこそが、彼ら貴族が長年にわたって身につけてきたこの上なく便利な処世術。そのやり方が根底にある以上、何をどう説得しようとも決して彼らが従うことはない。
「しっかりと『真実』を話しなさいませ、王女殿下! そうでなければ我ら貴族一同、到底従うことなどできかねます!」
「ええ! そのような虚偽しか話さない王族にむざむざと従うくらいならば、我々は死を選びましょうぞ! どうぞお好きなように罰しなさいませ!」
「その通りだ! 命令よりも、こちらには守るべき誇りがあるのだ!!」
一人の口上を皮切りに、貴族たち全員に「無茶な命令を聞くくらいなら罰されることを選ぶ」という風潮が流れる。それは止まることなく……むしろ全員で言っていることによって気が大きくなり、本来ならば言わないような貴族たちまでこぞってその理屈に乗り始める。
そして。
この国の貴族を体現したかのようなそれらの大合唱を聞いたリリアーナは。
数秒、俯いた後──顔を上げ。
「そう、ですか。──では、お望み通りにして差し上げますわ」
瞬間。
光の雨が、大広間に落ちた。
天空から、一条。
ズドン! という轟音と、立ち上る粉煙。
それが、晴れた先には。
「……ぁ……」
──丁度。ぴったり。
貴族のいないところに寸分違わず着弾した光線の痕と、それが目の前を通過したことにより尻もちをついて怯え切った表情を見せる貴族の一人。
「今の、魔法、は……まさか……」
驚きが通り過ぎると、今度は貴族の数人かが見覚えのある今の魔法に、驚愕と恐怖を顕にした表情で壇上を見やる。
そこには──
「……」
豪奢な赤の長髪。深い碧眼。全てを残酷に睥睨する表情。
そして何より──中央にいるリリアーナと、瓜二つの表情。
「まさか……『空の魔女』……」
「その通りですわ」
外れであって欲しいという願望の入った貴族の言葉を叩き切るように、リリアーナが宣言し。
「あなたたちが今の話をどう思おうが、正直どうでも良いです」
続ける。意図的か無意識か、彼女の師匠を心なしか真似たような口調で。
「──わたくし達は、真実しか語っておりませんわ。教皇の裏切りも、トラーキア当主の謀反も、全て実際にあってこの目で確かめたこと。
その証拠に……国の危機とあらばということで、本来ならば権力に阿ることのない存在であるこの『空の魔女』様も、今回の件限りということで力を貸してくださいました」
絶大なインパクト。
それを与えられた貴族たちは、あるものは畏怖に怯えきり、あるものは現実感を喪失した表情で呆け。まだ気力のあるものはなんとかして偽物と断じる証拠を探そうとする。
「そして。あなたたちは先ほどから、『王族の命令であっても聞けない』としきりに主張なさっていますが」
そんな連中に追い討ちをかけるように、リリアーナが続けて。
「──何を勘違いなさっていますの?」
今度は、これまで自分を支えてくれた紫髪の少女をイメージしたかのような口調で宣言する。
「自分で何度も言っているではございませんの。『王族の言葉』ですのよ? 信じる信じないの、あり得るあり得ないの話ではございません。
──聞くことが義務でしょう? あなたたちの。王家に忠誠を誓い、国の危機に立ち上がり、求めに応じて外敵を討伐する。それがあればこその特権であり、そのために与えられている魔法です。
言い方を変えましょうか? わたくしはあなたたちに、『共に戦って敵を倒せ』と命令しているのです。それを聞けないなら──お望み通り、処罰する以外の道はないと思いますが?」
──ここまでするとは、思わなかった。
そんな表情が、貴族たちの中にありありと浮かんでいた。
そう、先ほどの威勢は所詮、『リリアーナがそんなことできるわけない』という軽視。自分達をまとめて罰するなどやるつもりがない、できないだろうと思っていたことと、数が多かったから気が大きくなっていただけで。
有り体に言えば……本当に罰を受ける覚悟をしている者など、一人たりとて居なかった。
馬鹿な、そんな。こんなの聞いてない、何かの間違いだ。
恐怖と混乱で、半ば現実逃避じみた思考をするものまで出てきたところで。
「……まぁ、とは言え。仮にもあなた方はここまで国に貢献してきた貴族家の一員。それに、全員を処罰するのも後始末が面倒ですわ」
そんなリリアーナの言葉。それを聞いた貴族たちが露骨にホッとする。
ほれ見たことか。口ではああ言っているが、所詮は自分達を罰する度胸がないだけだ。
大方、少し脅せば言うことを聞くとでも思っていたのだろう。その手には乗るものか、どうせこの後少しだけ条件を緩めて自分達に傘下に入ってもらうよう要請するつもりだ、交渉の基本の基本。
そんなものに引っかかる自分達ではない。何を言われようと、自分達の利権や立場だけはしっかりと補償してもらうぞ──
──と、考える貴族の前で。
「というわけで、わたくしの言葉を改めてまとめましょうか。こちらの『命令』は、王国に牙を剥いた組織の討伐のためにあなたたちの力を全て貸すこと。こちらの命令通りに動いて、逆らうことは決して許しませんわ。
もし、それを聞けないと言うのであれば──」
にっこりと笑って、リリアーナは。
「──要りませんわ。そんな腰抜けの皆様は。
どうぞそのまま荷物をまとめて教会を出て、自分の領地なり何処へなりとでも去ってくださいますか? 引き止めは、一切しませんので」
……ここで。
貴族たちは、今日一番の混乱に陥った。
どういうことだ。だってそれは、この話の『前提』を完全に無視している。
リリアーナは──自分達の持つ戦力がどうしても欲しいのではなかったのか!?
なのに、この要請。『言うことを聞かないなら去れ』という、単純ゆえにどう足掻いても逆らいようのない命。
戦力を盾にリリアーナから譲歩を引き出すつもり満々だった貴族たちは、当初の目論見を完全に外されて何をしていいか分からなくなり。
そんな貴族たちを、見下すように、嘲笑うかのように。
リリアーナは変わらず、その幼い美貌に感情の読めない笑みを浮かべているのだった。
ライラ様まだ出てこなくてすみません……!
貴族たちとのお話、もう少し続きます。次回もお楽しみに!




