101話 説得
「よー。ちょいと邪魔するぞ」
エルメスがカティアと話す、少し前のこと。
教会本部別室にて待機している『彼女』の元を、ローズは訪れていた。
そこにいた少女──第二王女ライラは、突然の訪問と加えてあまりに軽い調子に一瞬面食らうが……すぐにふっと、どこか憑き物が落ちた表情で軽く口元を緩めて。
「空の魔女、ローズ」
静かに、ローズを見据えて呟いた。
「……本当に、リリィそっくりなのね」
「おお、あれは正直あたしもびっくりした。超絶可愛いよなあの子、あたしの小さい頃と全然見分けがつかんかった」
「さりげなく自慢するわね。……そういう性格だったの、貴女。全然知らなかったわ、仮にも同じ王族だったのに」
王族であり、教皇の娘で相応の深い情報も得ていたライラは、『空の魔女』の正体自体は知っていた。
だが──正体以上のことは何も知らなかった。
理由は単純、母であり教皇オルテシアが、それ以上のことを一切教えてくれなかったからだ。
ライラはそれを、オルテシアも他に言われているのと同じくローズのことを『話す気すら起きない恥晒し』と認識していた故のことと思っていたが……
まさか、その真逆だったとは。
……本当に。
自分は何一つ、知らなかったのだ。
「……」
沈黙するライラ。
その感情を読み取ってか、ローズが静かに問いかける。
「それで。……お前は、これからどうする?」
「……どうする、ね」
ライラが一人ごちる。
分かっている。自分の望んだものは、もう戻らないと。
たとえ王族であろうとも、普通の家族のようでありたかった──なんて、甘っちょろく夢見がちな馬鹿げた願いは。
最初から破綻していた。父も、兄も、姉も──そして、何よりも母が。
自分が何かをするまでもなく、とうの昔に……誰一人自分を見ていることなどなく、誰一人普通の在り方から外れてしまっていて。
そんな自分に、残されたものなど。
自分が欲しかったものは、何一つ残って──
「……信じていますわ」
……そう言えば。
たった一つ、まだ、あった。
それを思い出すと同時、ライラは口を開く。
「……多分、今代の王家はもうだめでしょうね。能力も器も、今国に起こっている出来事に対応するには全員足りなさすぎた」
「だろうな。一人を除いて、だが」
苦笑する。自分の言おうとするところを、完全に見抜いた口調だったから。
それに導かれるように続ける。
「……なら、やってやるわよ。元より継承権争いに負けた王族は勝った王族に大人しく従う。大凡守られたことのない決まりだけど、それすら破ってあの貴族共と同類の存在になんて成り下がりたくないもの」
「協力してくれるならありがたい」
「元よりそうするつもりだったでしょうに。……それに」
リリアーナに協力すること自体は、やぶさかではないし……と告げた後。
ライラは、もう一つ。確かな意志を宿して、自分の心を──こう語った。
「──このまま終わるのは、絶対嫌」
「……」
「まだ、何も聞いていない。お母様がどうして、貴女にそんなに執着するのか。今まで何を考えて教皇をやってきたのか、あの連中に何を言われてああなったのか。
そして……私のことは、本当になんとも思っていなかったのか」
「多分、望む答えは得られんぞ」
「だとしても、よ。たとえ否定されても、拒絶されても。もっとちゃんとした形で、正々堂々とけりをつけたい。
私の望みが、最初からどうしようもなかったものだったとしても。……ちゃんと、そうだったっていう確信が欲しい。なあなあで終わったんじゃない……しっかりとしたけじめは、私自身の手で決めたいの。だから」
そうして、言葉を区切った後──一息に。彼女は、望みを告げる。
「もう一度だけ。お母様と話させて、空の魔女。それさえ守ってくれるのなら……私は、貴女たち第三王女派への全面協力を約束するわ」
「了解した。あたしの魔法にかけて、約束しよう」
このようにして。
ライラも、カティアと同じように親と向き合う覚悟を決め──第三皇女派閥への協力を、決めたという経緯である。
◆
「……話は分かったわ」
かくして、現在。
改めてローズから教会、そして貴族たちの現状を一通り聞き終えたライラは……静かに頷いて、その上で改めて確認する。
「色々と言いたいこと、言うべきことはあるけれど。最初に確認するわね……空の魔女。どこまで言って良いの?」
「まるっときっちり、遠慮なくで構わん。一応は捕虜の身分であるとかそういうことは考えず、言いたいことを忌憚なく言ってくれ」
「分かったわ。じゃあまずは端的に……」
それを聞き届け、彼女は最初に──こう告げる。
「貴方たち。全員、とてもとても──お優しすぎるのね」
「…………優しすぎる、ですか」
「そうよ、魔女の弟子。まぁリリィについてる時点でなんとなく想像はしていたけれど……多分、貴方なんかは特に」
疑問を呈したエルメスの方に、静かな……言い換えればフラットな瞳を向けて。
「協力してもらうのならば、きちんと全部事情を話して。心から協力したいと思ってもらった上で力を貸してもらう必要がある──そうすることこそ『説得』だと思っているのかもしれないけれど」
「!」
「そんなわけないでしょう。少なくともそのやり方は、ある一定人数以上をまとめ上げる時に絶対限界が来る。仲間への説得と、集団への説得はそもそも別物。全く違う人間を、目的や考えていることをきっちり全部話した上で全員に協力してもらうなんてどだい無理な話よ。特に貴族連中を一つにまとめ上げるなら、きちんと情報を制限して…………いえ」
話していた途中で、ライラはふと言葉を止めて考え込む。
その上で、真剣な──どこか研究中のローズと似た雰囲気の、思考に没頭する表情を数秒間見せたのち。
「そもそも……一つにまとめ上げる必要なんてないんじゃない?」
それを聞いたローズが、愉快そうに口を軽く緩ませ。
「お。何か思いついたか?」
「ええ。人選等詳しいことを考える必要はあるけれど……あの貴族連中なら、この方向性が多分一番いいわね」
「え、えっと……お姉様……? その、何をするかもう少し具体的に話して頂けると……」
「準備を進めながら話すわ、リリィ。でも今は……この方法をやるなら時間がない。貴族連中が変なことを言い出す前に、或いは冷静になる前に話をつける必要がある。だから……」
疑問を呈すリリアーナにライラはそう告げた後。
ライラは改めてエルメスたちを見回して、一言。
「今すぐ貴族連中を集めて、告知の準備をしてくれるかしら。
……『この国の王家』は、どうやって使うのか。それを、まず手始めに見せてあげる」
貴族たちを、王都に向かうための軍隊戦力としてきちんと協力させる。
新生第三王女派に課せられた、最初の課題。
それが……新しく味方となった少女の主導で、行われようとしていた。
次回、ライラ様のお手並み拝見です。お楽しみに!




