第3章*「注文の多い料理店」その5
同日、20時過ぎ。
『洋食 山猫亭』
店内には客は2組ほどしかいない。
近辺は閑静な住宅地で、普段の客は学生が大半というのもあるだろう。
2組しかいない客の1組は意外な組み合わせだった。
窓際のテーブルには、政治郎と色が向かい合って座っていた。
政治郎は、桜子に言われた通りに二人分の料理を注文する。
夕方にはいなかった、若いウエイターは注文を取ると奥へ下がっていった。
「……詳細をご説明する時間がなく、申し訳ありません」
政治郎は声をひそめた。
「いえ、彼女のことです。妙案があると踏んでいます」
色は、『食前』に出された『紅茶』に口をつける。
しばらくすると、ライスカレーが2つ運ばれてきた。政治郎は、これから起こることに自身の意気が上がっているのを意識する。
しかし、色はというと何てこともなく、平然と紅茶の香りを楽しんでいるようだ。
二人は話もせず、静かに晩餐を取った。
食事が終わると、『食後』の『紅茶』が運ばれてきた。
「そろそろ、ですか」
色は茶に一度口をつけると政治郎の顔を見る。
「……ええ」
色に今回のことは話せていないが、驚くことに何かしら悟っているようだ。
少しすると、ウエイターが席までやってきた。
「どうぞ、こちらへ」
政治郎と色は促されるまま、席を立つ。
そのとき初めて、店内には二人以外客がいなくなっていることに気が付いた。
橙色のランプに照らされた店の奥へと進んで行く。
昨日の昼間来たときと同じく、店内は縦長で外観より広い。洞窟の奥へ誘われているようだ。
少しすると奥の厨房の入り口とは別に、木製の扉が見えた。
ウエイターに促され、経年のためか金色から青銅色に変色したドアノブを政治郎はゆっくりと回した。
扉を開けると、そこは4畳半ほどの板の間で窓もない狭い部屋だ。
木製の粗末なテーブルに有り合わせの椅子が3脚。
そのうちの1つに、コック帽を脱いだあの恰幅のいい男がこちらを向いて座り、テーブルに両手を組んでいる。
「いらっしゃい。座って」
男は、ねちっこい口調だ。
二人が席に着くと、男は早速話し出した。
「いくら、必要だ?」
政治郎はとっさに言葉に詰まった。桜子が言ったことが今まさに繰り広げられているからだ。
「いくらなら用意出来る?」
色は男に言った。
政治郎が思わず色の顔を見た。
「まあ、金が出せるならいくらでもと、言いたい所だが……他の客に回す分も考えて今夜は多くは渡せないな」
男はテーブルの上で両手を合わせ揉むように動かした。
色はそれを受け、男とやり取りを交わしていく。
「いつなら、大量に入る?」
色は男との会話に、決定的な何かを求めているのだということがわかった。
「次の船が来月だから、そのときならいいだろう」
「こちらで、こしらえることはしないのか?」
「まあ……芥子ってやつは栽培するのは容易のようだが、途中で見つかっても面倒だしな。他のもんと一緒くたに持ってきちまう方が楽なんだよ」
『他のもん』とは、香辛料や茶葉などのことを言っているのだろう。
そして、『芥子』という言葉がはっきりと出てきた。言うまでもなく、これはアヘンの原料になる植物である。
「そうか」
色は、眉を上げ息を吐いた。
「で?今回はどのくらいにする?」
男はにんまりと笑う。
色は「いや」と笑顔を作ると、ゆっくり首を横に振った。
「お前を警察に引き渡す」
男はガタタッと音を立てて、立ち上がった。
鬼の形相だ。鼻と頬以外も真っ赤になっている。




