第2章*「山月記」その6
捕まえた男は、柳田といった。
着物や帯に刺繍を施す「江戸刺繍」職人を生業にしているという。
言わずと知れた、今日店の前に人だかりを作った「虎錦」の主人である。
張りぼてを取り上げられては、もはや言い逃れはできない。
柳田は自身の店まで二人を連れてくると、以下のように話し出した。
私は見ての通り、刺繍を生業にしております。
この店も曾祖父の代から受け継いだもので、自身の腕に多少なりとも誇りを持っていました。…いや、これほどにないほど…と言っておきましょう。
まだ若い時分、修行のためと外に出されたのですが…、はい、いっぱしの職人になるには身内ではなく、外で師匠につかなくてはなりません。
若さが手伝ってか、あの頃の私は大変奢っておりました。
「俺には誰にも敵わない天質がある」
そう、疑わなかったのです。
初めのうちは他の弟子達と足並み揃えていたつもりでしたが、段々と馬鹿らしくなってまいりました。自身はこいつらとは違う、なんてことを考えるようになったのです。
仲間内で親交を深めたり励まし合う姿など大いに不快に感じ、そんな彼らと次第に距離を置くようになったのです。
最後には師匠さえ蔑視するようになり、とうとう修業先を飛び出してしまいました。
家に戻った私は、身内の者達に大変糾弾されましたが、「得る物がなかったのだから仕方ない」と譲りませんでした。
あのときは全く気にもならなかったのですが、両親の憔悴しきった顔は記憶に残っています。
数年後、父が他界し母と店を切り盛りすることになったのですが、これがなかなかうまくいきません。
母が亡くなり一人っきりになって、父の刺繍職人としての腕と信頼は、この店になくてはならない程大きなものだったと痛感しました。
そんなある日、評判のいい刺繍職人がこの東京にいると風の便りで知り、この店を盛り返す機会になると思い、軽い気持ちでその店を訪れました。
そこはなんと、以前同じ師匠の下で学んだ者の店だったのです。
繁盛している立派なその店先さえ、うちのガタが来た店と比べ物にはなりませんでした。
ついで皮肉なことにそこの主人は、同級の中でも私が下だと軽んじていた者でした。
店内に飾られた帯や着物に施された刺繍は、私のものよりもずっと巧みな出来でその場に立ち尽くした程です。
旧友に話しかけることもせず、店を後にしたことは言うまでもありません。
私が自身の才能に過信し周りを侮っている間に、かつての同級は想像し難い努力をしたのでしょう。
しかし…私はこんな惨めな状況にきても諦めきれませんでした。
それは、曾祖父が残したこの店を何とか復興させたい、という思いではないのです。
「私自身の名を世の中に知らしめたい」
卑しいことに…ここまで来ても私の魂は自分自身のことしか考えられませんでした。
そんなとき、蔵前で虎が出没するという噂を耳にしたのです。
これは利用する機会はない。こう、考えました。
私の店の号である「虎錦」は元々曾祖父が付けたものです。
その由来は、そうあの壁にかかった掛け軸…曾祖父が若い時分、名のある仏僧から譲り受けたとか。
見事なものでしょう?
まるで生きているような、抜け出てくるのではないかという程美しい。
この掛け軸を見ていて、思いついたんです。
東京の地で虎が出没すると話題になっているのならば、虎の刺繍を施した帯や着物を作ればいい。
しかし、蔵前の虎事件だけではまだ弱い。どのような具合で虎が徘徊しているのかはわかりませんが、この馬喰町でも虎の出現は不可欠かと思いました。
これが功を奏せば、私の名が知れ渡ります。店が傾いていましたが、虎の張りぼてを作らせるのに金に糸目は付けませんでした。
街の噂ですか?
ああ、着物や帯から「虎が飛び出した」と……。
それは私も思いも寄らないことでした。噂が噂を呼ぶ。面白いもんですね。
しかし、周りからの注目は集まれど……、品物が売れるといったことはありませんでした。
きっと私には、自身の自尊心に重きを置くあまり、「何か」が足らないことに気が付かなかったのかもしれません……。




