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ならべたい

 季節は梅雨の真っただ中。

 雨の滴る音を聞きながら霊夢は、博麗神社の社の中で、ため息をつきながら寝返りを打った。

 何もない天井に向けて、何の意味があるでもなく、手を伸ばしてみる。

 最近の自分自身の変化には、うすうす自覚してきていた。

 少し前までは、自分の中での人間と妖魔には、明らかな境界線があった。

 妖魔の類は悪で、人間は善。

 自分は悪である妖魔を祓い、そいつらが起こす異変を解決し、人間たちを守ることが仕事。ただそれだけだった。だからこそ、ずっとやってこれたのかもしれない。

 だがその考えは、先日の出来事によって確実に塗り替えられた。

 自分の中に巣食い、他人に迷惑をかけたのも、そんな自分を救ってくれたのも、人間ではなく妖魔だった。

 もちろん、感謝していないわけではない。

 だが、いままで自分が信じてやってきたことを真っ向から否定されたような感じがして、それが引っかかっていた。

 その上――


「…なんであいつのことばっかり」


 気づけば自分の視線が現のことを追いかけるようになっているのが、一番気に食わなかった。

 彼には一番感謝している。

 彼は昔からいた紫たちとは違い、ぽっと出での、その上、大結界と同調している、迷惑な亡霊。

 だが、彼が自分の異変に最初に気づいてくれたからこそ、手遅れにならずに助かったことも事実だ。

 その上。

 自分の中に巣食っている何者かを追い出す時に彼が言った言葉が、妙に頭に残っていた。


「聞こえてるわよ…あんた大声で言ったら……」


 目の前にいるわけでもないのに、顔が火照っているのがわかる。

 自分で言っていて恥ずかしくなってくる。

 彼の言葉を思い出すたびに、代々続く博麗の巫女が妖魔の類に惚れるなど、一族の面汚しではないのかという言葉が頭をよぎる。

 彼の顔を思い出すたびに、幻想郷に住む人間をも守る者として無責任ではないのかという言葉が頭に響く。

 自分の中で、妖魔と人間は別だという声と、人間も妖魔も同じだという声が入り混じって、訳が分からなくなりそうだった。

 彼への思いだけでうごけたなら、どれだけよかっただろうか。

 あの日、妖魔には似合わないほどの人間らしい手を見た。

 あの日、自分に現が抱いてくれている思いを知った。

 その言葉を聞いて感じた胸のざわつきを、簡単に彼に打ち明けることができたなら——。


「相談するなら、あいつか……」



 翌日。

 とある人に相談しようと外に出ると、現はいつも通り、神社の近くに生える木の枝の上で寝ていた。


「相も変わらず…」


 昨晩も雨が降っていたはずなのだが、奇妙なことに、彼が寝ている箇所だけは光がさし、その光を反射して、周りの葉についた朝露がキラキラと光っていた。

 半分呆れながら神社を出ようとするも、どうにも気になって、もう一度振り返る。

 すると、彼は小さく体をゆすって、目だけを彼女の方に向けた。


「気を付けてね、巫女さん」

「わかってるわよ。………そういうのが一番困るのよ」

「なんて?」

「なんにもないわよ!」



 幻想郷に住むほとんどの者が足を踏み入れることの無い空間、魔法の森。

 ここには年中ずっと怪しげな霧が立ち込めているため、限られた者しか入ることができない。

 だが、用があるのは、その入り口付近に立つ小さな古道具屋だった。


「お邪魔するわよ………って、ずいぶんと大所帯ね」


 扉を開けた先。

 狭い店内にいるのは、まったく別の種族の3人だった。

 カウンターでお金を勘定しているのは半妖の店主、森近 霖之助。

 そのカウンターの上に座り人形を縫っているのは、魔法の森にすむもう一人の魔法使い、アリス・マーガロイド。

 そしてその横で瓢箪を傾けるのは、長い角をはやした小柄な鬼、伊吹 萃香だ。


「随分と珍しい客ね」


 アリスは人形を縫っていた手を止め、店に入ってきた霊夢を、珍しい生き物を見つけた、とでもいうような目で見つめる。


「妖怪嫌いで有名な霊夢も少しは丸くなったてことか?」

「うるさいわね。お祓い棒を向けられたくなければ、少し黙ってなさい」

「はいはい。手厳しいね」


 萃香が霊夢をはやしていると、カウンターから霖之助が歩いてきた。


「…それにしても、本当に珍しいね。魔理沙についてきてというのはあったけど、自らというのは初めてじゃないか?」

「…そうね」


 前に魔理沙と来た時と変わらず…いや、さらにゴチャッとした店内を見渡しながら、霊夢は正面の椅子に座った。


「わざわざここに来るっていうことは……何か相談かい?」

「そうよ。笑わないでほしいんだけど——」




「――アハハハハ!」


 話を聞き、一番最初に声を上げたのは萃香だった。

 近くの椅子に瓢箪を置いた後。彼女は耐えきれないとでもいうように、腹を抱えて床を転げまわった。


「笑うなって言ったでしょ!やっぱりあんたは…」

「ああ、スマンスマン……にしても…ヒヒっ」

「萃香さん。あまり笑わないであげてください」

「わかってるって…にしても、あの妖魔嫌いの霊夢がねぇ。……やっぱり、どこまで行っても人間ってことだな」

「…っ!」

「そうだろ?…あとはお前が言ってやれ、霖之助」

「はいはい……とはいえ、なんて言ったらいいか」

「あんたら、もう少し真面目に取り合ってあげなさいよ…」


 そう言って立ち上がったアリスは、霊夢の前に立つと、座る彼女を見下ろすように尋ねた。


「霊夢」

「なに?」

「あなたは、何者?」


 何者――そう聞かれて、霊夢ははっとした。


「……人間よ」

「あら、予想が外れたわね。てっきり「博麗の巫女よ」とかぬかすのかと思ったのだけれど」

「………でも、それがわかったところで…」

「なら、もう答えは出てるでしょ?」

「え…?」

「あのねぇ……私みたいな魔法使いでも、萃香みたいな妖怪でも、恋くらいはするの」


 アリスは意味ありげに霖之助を振り返った後、腰に手を当て、呆れるように言った。


「あなたは人間でしょ?」

「そうだけど…」

「あなたの中で妖魔と人間の立場が同じだろうが違おうが、彼はきっと気にしないわ。それを気にしているのは彼ではなくあなたよ。この先どうなるかは、あなた次第なの。それに……盗られたくないでしょ?」

「…あたりまえよ」

「話を聞いていて思ったのだけど……彼、きっとモテるわよ。言うなら今の内ね。博麗のみこっっていうのはあくまで職業。あなたは、ありのままで彼に接すればいいのよ。その後どうなるかは、神のみぞ知るところね。いや……この場合は「違法探偵のみぞ知る」という方が正しいのかしら」

「……わかったわ。…うん?違法探偵?」

「そうだ。さっきまでここにさとりがいてな?おまえと入れ違いくらいに裏口から出てったんだよ」

「なっ!あいつ…とりあえず、助かったわ。ありがとう」


 あわてて扉を開けて去る霊夢を見送った後。

 ため息を吐くアリスの肩に、萃香は腕をのせた。


「で、お前は?」

「何の話?」

「いや、いいよ。霖之助。酒ないか?」

「……まぁ、今日は出してあげるよ。霊夢の恋心祝いだね」

「………私の方は、まだ神すらも知らないみたいね」




 霊夢が到着したとき。博麗神社の境内は、異様な雰囲気を醸し出していた。

 雨上がりの、石畳の通路。

 その真ん中で向き合うのは、互いに正座で座る、勘解由小路 現と『地の底の安楽椅子探偵』、またの呼び名を『究極違法探偵』――地下に広がる地霊殿の主、古明地さとりだった。その後ろにはなぜか、その妹である古明地こいしもいる。

 現とさとりは互いに目を伏せたまま座り、こいしの方はというと、目をつむっているのをいいことに現にちょっかいを出していた。


「あんたら、何してるのよ。あと、こいしは現から離れなさい。……結界に何かあったら迷惑なのよ」

「え~」

「こいし」

「は~い」

「失礼したわ。要は済んだから」

「…わかったわ」


 彼女らが去った後。

 現は何かを思案するように、自身の周りをまわる四枚の札を字を見つめた。


「何を言われたの?」

「……夢物語だって言われたよ」

「……そう」

「人間の妖魔に対する偏見も、妖魔の人間に対する偏見も、そう簡単に消えるものじゃないって」

「…」


 そういうと彼は、珍しく何も言わずに、神社の奥の方へと歩いて行った。

 引き留めようと伸ばしかけた手を、霊夢はひっこめた。

 懐に仕舞っているもう一枚の札は、「君に本心は見せないよ」とでもいうように、静かにそこにあるだけだった。

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