遠き日の過ち 壱
博麗神社を、夏の暑い日差しが照らす。
梅雨が明けたかと思えば、すでに気温は30度を優に超える夏日。
夏の到来を漢字ながら、神社の中で霊夢は、畳の上に身を投げ出していた。
「あっついわね……これが異変だったら、さっさと解決しておしまいなのに…」
「残念ながら、これは自然現象だからね」
そう言って神社の奥からやってくるのは現だ。
彼はいつの間にか切り分けた西瓜を片手に、霊夢の横に腰を下ろす。
「ほら、霊夢も食べるでしょ?」
「…切ってもらって食べないっていうのは失礼ね」
いつからか、彼は霊夢のことを名前で呼ぶようになっていた。
自分の名前が呼ばれるたびに、彼女はあの日の現の言葉を無意識に思い出し、胸がきゅっとなる感覚を覚える。
現はそんな彼女の心などつゆ知らず、彼女の横で西瓜にかぶりついている。
「…ねぇ」
「なに?」
「……このまえ、何話してたの?」
「あぁ……」
霊夢が先日のことを尋ねると、現は思案するように空を見上げた。
夏の空は、彼の纏う炎よりも鮮やかに突き抜け、雲の動きに合わせるように、全命並立と書かれた札がゆっくりと舞う。
霊夢はその顔を、妙な緊張感をもって見つめていた。
現は不意に縁側から立ち上がると、普段水やりをしている小さな白い花の前に立ち、霊夢に振り返った。
「ちょっとした、幻想郷の昔ばなしだよ」
「はぐらかさないでくれる?」
「あれ?うまい嘘だと思ったんだけどなぁ」
彼はそういって頭をかくと、珍しく真剣な顔をする。
「ちょっとだけ、先のことを話してただけだよ。今は、これ以上は言えないかな」
「…そう。ならいいわ」
もどかしく思いながらも、霊夢はそれ以上聞かないことにする。
現の方もはぐらかしたことを申し訳なく思っているのか、暫くの間、地面に咲く小さな花を見つめていた。
「…霊夢」
「なに?」
「僕は——」
彼が言いかけた瞬間。
妖怪の樹海付近から、すさまじい爆発音が鳴り響いた。
続けざまに、そのあたりから、黒色の妖気と共に、幻想郷中に、黒と紫の光弾が降り注いだ。
「あれって…!」
「――来たか」
「え……?」
「…………一緒に来てもいいけど、絶対に手は出さないでね」
放たれる光弾を避け、発生源にたどり着いた現は、後ろの霊夢を確認するとすぐさま、自身の周りを舞う札の一枚を、その中心に投げつけた。
札が纏う青い炎が導となり、その中心を照らす。
そこにいたのは、肩のあたりまで伸びた純紺の髪に黒光りする双眸を持つ、瘴気を纏った男と……その隣に立つ、鍵山雛だった。
「…さとりさんの言ってること、本当だったんですね。鍵山さん」
「黙っていようとも思ったけれど…あなたには手伝ってもらったから」
「まぁ、たったいま仇で返されているわけなんですが……」
雛と現が、互いに警戒しながら言葉を交わす間、霊夢は瘴気の男を見ていた。
そして気づく。
雛の周りにまとう”厄”。それを、隣に立つ純紺の男が吸い取っていることを。
「あんた、なんでこんな奴と一緒にいるわけ?厄なんか吸い取られたら、あんたの体調が悪くなるだけじゃない」
「…妖怪慣れ、したんですね」
「今そんなことは聞いてないわ。なんで一緒にいるのかって聞いてるのよ」
「…復讐」
「は?」
「――それは、私宛てにということかしら?」
ふわりと。
霊夢の背後に現れたのは八雲紫。
彼女の眼光は、まっすぐに厄神の瞳を射抜いた。
だが、前まではたじろいでいた雛は、今日はその瞳をまっすぐに見つめ返した。
「わかっています。どちらが正しいのかくらい」
「ならどうして…」
「…たとえ負けるとわかっていても、私は、彼についていきたいんです!」
「………なら、こちらもそれ相応の態度で相対することになるわよ」
「いいですよ。これは、私にとって最後の、貴方と幻想郷への反逆ですから」
そう言い残すと、雛と純紺の男は、妖怪の山の頂上の方まで飛び去って行った。
その場には、眉間にしわを寄せる紫と、困惑した顔の霊夢。そして、いつもと何ら変わらない顔で立つ現だけが残された。
「…紫!何なのよあの男!」
「……」
「紫!!」
「…僕の方から説明するよ。ある程度は知ってるから」
「…………いや、いいわ。これは、私がけじめをつけられなかったことが原因だもの」
「どっちでもいいわよ。…さっさと話しなさい」
そして、紫は話しだす。
百年以上前の、忘れ去られし記憶を。




