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すこし、かわる

 おぼろげな意識の中。

 彼女の目に映るのは、荒廃した幻想郷の様子。

 木々は折れかけ、咲き誇るはずだった花はすべて地に落ちている。

 焦げ付くようなにおいと、うつろな目をした妖怪たちがこちらを見つめている。

 これは夢だと、自分に言い聞かせる。

 わかっている。

 それでも、その感覚は、そうそう消えるものではなかった。

 その中心に、黒い人影が立っていた。

 その人影は彼女に手を差し伸べると、向こうを指さした。

 そこに立っているのは、八雲紫をはじめとした賢者たちと、現。

 その先に広がる光景に、霊夢は吐き気を催す。

 人間の村が、炎に包まれていた。

 それを眺める彼女らの目は、暗く沈んでいる。

 そしてその後ろに立つ現だけが、不気味な笑みを浮かべていた——。



 あの奇妙な異変があってから一週間。

 いつの間にか、現は霊夢を手伝うようになっていた。


「やっほ~!うつつ~!!」

「いぇ~い!」


 そう言って現の方に飛んでいくのは、近くに住む妖精たち。


「あ!こらあんたら——」

「コラ、巫女さん!あんまりカリカリしない」


 いくら妖精であっても、霊夢にとって彼女らは人外の存在。断りも賽銭も入れずに、勝手に神社の境内に入られるのは気味が悪かった。

 彼女がお祓い棒を振り上げた瞬間、白い花に水をやっていた現が彼女の頭に手を添えた。


「あ、あんた、またあれを——!」

「あはは。さすがにしないよ」


 —時は、一週間前にさかのぼる。

 その日、霊夢はひどく体調が悪かった。

 前日に雨に降られたのが祟ったのか、それとも、最近少しばかり異変が多かったからだろうか。

 ともかく、とても異変に対処できる体調ではなかった。

 だが、運悪くその日も異変が起こった。

 つい最近頻発している、原因不明の異変。

 起こる種類も完全にバラバラで、対処もそれぞれ。

 いくつかの異変は現も手伝っていたが、ほとんどは「妖怪には任せられない」と言って霊夢がやっていた。


「……退きなさい」


 障子の前に立つ霊夢は、いつになく険しい顔をしていた。

 彼女の表情には、障子の前からどかない現に対しての怒りや、体調が悪化する前に行かねばという焦りがにじみ出ていた。


「ダメだよ、巫女さん。君をそんな体調では行かせられない」


 対して。その前に立つ現は、いつもと何ら変わりない飄々とした表情で立っていた。

 だが、彼も彼で、障子を開ける気は一切なかった。


「…うるさいわね…妖怪なんかが、私の心配するふりしてるんじゃないわよ!」

「……」


 目はうつろで熱に浮き、足元もおぼつかずふらふらしている。

 息は荒く、顔は体温で紅潮し、力の入らない様子でお祓い棒を握りしめる霊夢。

 目の前に立つ現は、そんな彼女を、静かに見つめていた。


「なんでそこまでするの?」

「私がそういう役割だからよ!」

「たまには、ほかの人に任せたっていいんじゃない?」

「任せられる奴なんていないわよ!」

「魔理沙さんは?」

「無理ね!めんどくさがってやらないでしょうし、やり方も知らないわ」

「紫さんとかは?」

「自分たちでやらない時点で結果は見えてるでしょ!?」

「でも、頼んでみなきゃわか——」

「うるさいって言ってるでしょ!!さっさと行かせなさい!!!!」


 そこまで叫ぶと、霊夢はふと泣き笑いのような表情を浮かべ、その場にへたり込んだ。


「行かせてよ……じゃないと…私の存在意義が、なくなるじゃない………」

「存在意義?」

「そうよ!そうでしょ⁉」


 自分でも気付かぬ間に、霊夢の目からは涙がこぼれていた。


「私が異変を治せなくなったら、何が残るっていうの⁉」

「なにも——」

「ちゃんと言ってみなさいよ!!」

「…何も残らないと思うよ」


 現がけろっとした表情で言ったその言葉に、霊夢は脳天を撃ち抜かれたような気がした。

 いつも思っていたこと。

 いつも心配していたこと。

 いつか、自分が異変を治せなくなったらどうなるのだろう。

 今までは、体調を崩したとしても、それを押して異変を治していた。

 そうでなければ、自分の存在している意味がなくなってしまうような気がしていた。


「………やっぱり、そうよね」

「うん。何も残らないと思う」

「…そうよね…………」

「でも…」


 そこまで言うと、彼は障子を開けた。

 外は春の終わりの雰囲気が漂い、神社の前にある桜の木は、青々とした葉をつけ始めていた。


「……でも、なによ」

「でも……なくてもいいんじゃないかな?」

「…は?」

「存在意義なんか、自分で決めたら、面白くないよ?って——」


 思わず霊夢は、現につかみかかった。

 どうしようもなかった。

 今までの頑張りを、すべて無下にされた気がした。

 腹立たしかった。鬱陶しかった。一刻も早く、視界から消えてほしかった。


「なんでなのよ……」

「……」


 押し倒した現の上で、霊夢はうなだれた。


「私、いままで頑張ってきたのに……」

「……」

「なんであんたはそれを無駄って——」

「無駄なんか言ってない!」


 珍しく怒る彼に、霊夢は一種の驚きを隠せなかった。

 その怒りは、霊夢だけでなく、この世のすべてに向けられているような気さえした。


「君の今までの努力は称賛されるべき行いだ。僕のいた時代なら最高職ぐらいにはなってただろうさ。…でも!」

「……」

「そうやって頑張って、潰れた挙句捨てられた人を、いっぱい見てきた」

「………」

「「自分の存在意義は妖魔を祓い続けることだ」そういって、何人も自分の命を無駄にした人たちを見てきた」

「………」

「そうやって命を無駄にした人が最終的にどうなるか知りたいかい?……なくなるんだよ!何もかも!!」

「っ……!」

「その人がやった行いも、功績も!一部の人の記憶には残っているだろうさ。でも、多くの人たちには忘れられてしまう」


 彼は、話す中でさらに語気を強めていった。


「君はまさに、その状況になろうとしているんだ。特に今は異変が多発してる。明日も、明後日も起こるだろうさ。その二日、三日に、君の人生の何がかかってるんだ!」

「だから、私の——」

「存在意義?くそったれだよ、そんなもの!!!!」

「なんで…なんでそんなこというのよ!」

「意義なんかないからだよ!!」

「…え?」

「そこに生えてる桜の木を見て、そこに飛ぶ小鳥を見て、村に住む人間を見てみて、山に住む妖魔を見て!……そこに、意味はある?」

「……」

「確かに、自分の生き方を示すものとして、自分の命の意味を考えることは重要だと思うよ。だけど…それで命を無駄にしたら、意味がないじゃないか!!!!!」

「…」

「自分をつぶしてしまうことまで背負うのが存在意義なら、そんなものいらない。存在意義っていうのは、最後まで人生を全うして、自分がやれるだけやって、自分が満足できる人生を送って…最後に出てくるものなんだよ」

「……」

「今ここで君を通したって、僕には何の意味もない。でも………責任感が強くて、やさしくて、いろいろ抱え込んでしまう君だからこそ…こんなところでつぶれてほしくない」

「……ふぇぇ…」

「え…?」

「ヒグッ………エッグ……グスン…………」


 現の透き通るような炎が、霊夢の下で揺れる。

 今まで、本気で怒られたことが霊夢にはなかった。

 生まれ持ったセンスと才能で、ほとんどのことは、自分でうまいことできてしまう。

 失敗なんかしなかった。怒られるようなことなんかしなかった。

 そんな彼女に対して彼は、精一杯、正面からぶつかってくれた。

 彼は唯一、彼女を「博麗の巫女」としてではなく、一人の人間として扱ってくれた。

 怒られたことが悲しくて。

 怒ってくれたことがうれしくて。

 彼女は、現の上で、体を震わせて泣いた。

 涙を絞り出すように、現の狩衣をきつく握りしめて。

 そんな彼女を、現は優しく抱きしめた。

 霊夢は、今だけは彼のことを、妖魔ではなく、一つの存在として感じていた。



「落ち着いた?」


 少したって。

 彼女が泣き止むと、現は彼女の頭にそっと手を添えた。


「君は今日から、体調が悪いときは異変解決ができない」

「…は?」


 現がそういった途端。彼女の頭から、「異変」という文字が消えていくような感覚に襲われた。

 お祓い棒や札を持つ力が緩み、巫女服を着ていることに違和感を覚え始める。


「あんた、なにしたの…?」

「お灸をすえるのが、僕がこの世界に来て獲得した能力みたいでさ。僕がお灸をすえると、相手はその行動だったりができなくなる。据えられる限度はあるんだけどね」

「……あっそ」

「じゃ、僕は異変を何とかしてこようかな」


 霊夢を寝具に寝かせると、現はそっと立ち上がった。


「あ、そうだ」

「…なに?」

「10分以内には戻るからね」

「……あっそ」




「あの時は、ありがとう」


 霊夢は、境内にやってきた妖精たちに振り回される現にそう言った。

 現はしばらくびっくりしたような表情を見せた後、柔らかい笑みを浮かべた


「僕は巫女さんに、一つの考え方を押し付けただけだよ」

「その押し付けに感謝してるのよ。ありがたく受け取りなさい」

「……だね」

「勘違いしないでよね。あんたはまだ監視対象。勝手な事したら、すぐにこのお札引きちぎるからね?」

「わかってるよ」


 連日続いていた異変は、最近ようやく落ち着いた。

 これでやっと、少しだけ解放される。

 もしかしたら、今まで避けてきた人ならざる者たちに、少しなら、手を伸ばす余裕ができるかもしれない。

 もしかしたら……彼に、面と向かって、自分の本音を話すことができるかもしれない。

 ——そう思っていた。


 その夜。

 霊夢は悪夢を見た。

 少し前の幻想郷、吸血鬼異変直後の、楽園。

 おぼろげな意識の中。

 彼女の目に映るのは、荒廃した幻想郷の様子。

 木々は折れかけ、咲き誇るはずだった花はすべて地に落ちている。

 焦げ付くようなにおいと、うつろな目をした妖怪たちがこちらを見つめている。

 これは夢だと、自分に言い聞かせる。

 わかっている。

 それでも、その感覚は、そうそう消えるものではなかった。

 その中心に、黒い人影が立っていた。

 その人影は彼女に手を差し伸べると、向こうを指さした。

 そこに立っているのは、八雲紫をはじめとした賢者たちと、現。

 その先に広がる光景に、霊夢は吐き気を催す。

 人間の村が、炎に包まれていた。

 それを眺める彼女らの目は、暗く沈んでいる。

 その後ろに立つ現だけが、不気味な笑みを浮かべていた。

 指をさした人影に霊夢は、あの日のおばあさんとよく似た笑みを浮かべる、純紺の髪の男の面影を見た。


「………勘解由小路」


 その言葉を最後に、彼女の意識は途切れた。

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