あいいれない
幻想郷にひっそりとたたずむ社、博麗神社。
普段は人間すら来ないようなこの建物の中に、今日は珍しく三人…いや、二人と一人が視線を交わしていた。
中央のあたりに腰を下ろすのは、”幻想の境界”八雲紫と、博麗神社の巫女、博麗霊夢。
その正面に正座するのは、狩衣と指貫を着た少年。
―彼の名を、勘解由小路 現といった。
「……いつでも話していいわよ」
「…わかりました。では—」
彼が二人に話したのは、妙に地に足着いた、悲しい物語だった。
現の生まれである勘解由小路家は、陰陽師である加茂家の分家だった。
分家の中でも立場は弱い方で、陰陽師の家系の割には、いつも貧しかった。
彼は、子供のころから変わっていた。
陰陽師としての才能自体はずば抜けてたものの、「人間も妖魔も、根をたどれば同じ」という特殊な考え方をしていたため、いつしか、世間では彼のことを”奇怪者”と呼ぶようになっていた。
「…どこかで聞いたことがあるような話ね」
「うるさいわね…さっさと話の続き、聞かせなさいよ」
「アハハ…。そういわれながらも、暫くは楽しくやってたんですけど……」
次第に陰陽師の仕事はなくなり、残った仕事も本家の方を中心に割り振られ、分家の財政は、火の車なんて言う言葉では言い表すことができないほどに厳しいものになった。
数年後。
陰陽師の修行と称しての口減らしに、現は迷わず手を挙げる。
彼はこの機会に、勘解由小路家の次の仕事を探すつもりだった。
彼は貴族であるにもかかわらず地元の町に降り、「かでの屋」という何でも屋のようなことを始めた。
各地を転々とし、その土地ごとに、そこに住まう人々の悩みを聞き、解決したら、自身の名を告げて、次の町へ…。
—そんな暮らしをしていた、ある日のことだった。
彼は次の町へ向かうため、山越えをしていた。
その日はつい一刻前まで町で、火災に見舞われた家屋の後処理を手伝っていたためヘトヘトだったが、想定しているよりも長居してしまっていたため、それを押して移動していた。
そこで彼は、何者かに背後から突き落とされる。
最後に見たのは、肩のあたりまで伸びた純紺の髪と、黒光りする双眸だった。
「死ぬ直前に、現世に霊体として残る術を掛けたのはいいんですけど…なんか、いつの間にか僕が最後の一人になってたみたいで。それで、いろいろあって幻想入りしたわけです」
「ということは…いまから言うと、800年くらい前の外からやってきたことになるのね」
「そんなことありえるの?」
「……もしかしたら、それが、博麗大結界と同調している原因なのかもしれないわね…」
紫はそう言って立ち上がると、おもむろに帰る支度をし始めた。
「ちょっと、紫。こいつどうすんのよ」
「…しばらくは、霊夢が監視を頼める?」
「は?」
「彼は家を持っていないようだし、神社に泊めてあげてね」
「…は?」
「じゃ、頼んだわよ♪」
「え、はぁ⁉ちょ、紫!待ちなさい!!」
「…」
「……」
「………家がないって…あんた、今までどうしてたのよ……………?」
「アハハ…」
軽い足取りで去っていく紫。あとに残されたのは、げんなりとした表情を浮かべる紅白の少女と、苦笑いを隠せない六割霊の少年だった。
「……紫さんは、「人間と妖怪は別だ」って言ってたけど、君はどう思ってるの?」
「…人間は善で妖怪は悪。単純なことよ。人間は守るべき存在で、あんたみたいな妖怪は、人間や結界を脅かす脅威」
「………」
「……あんたは?」
「僕は……妖魔の類と人間は、同じだと思うよ」
その言葉に、霊夢は側頭部に小石を当てられたような感覚を覚えた。
「さっきも思ったけど……本気で言ってるの?」
「そうだよ?」
「当り前じゃない?」とでもいうような彼の表情に、霊夢は苛立ちが募る。
「あいつらと私たちが同じなんて、冗談じゃないわ!あなたも、怪異から人を守る仕事をしてたのならわかるでしょ!」
「うん。わかるよ」
「あいつらは人間に危害を加える”悪”よ!なんで—」
「………」
霊夢が問い詰めようとすると、彼は悲し気な笑みを浮かべた。
「……フンッ…」
「……」
言い過ぎた、とは感じていた。とはいえ、他にどういえばいいかがわからないのものまた、事実だった。
受け入れるには、考え方も、互いの存在も対極的すぎた。
「………これ、預けるよ」
現が霊夢に差し出したのは、彼の周りをまわっていた、一枚の「全命並立」と書かれた霊符だった。
「5回スペルカードを撃ったら、炎が全身に回って死ぬんだ、僕。巫女さんがそれを持っていれば、万が一、僕と戦闘になったときに倒せるでしょう?」
「自分は潔白だとでも言いたいわけ?」
「元から潔白だと思ってるけど?」
「口だけは達者でなによりよ」
霊夢はそれをひったくるように手に取る。
その札に込められた霊気に、彼の体を覆う炎と同じ気配を感じる。
「あんたが大結界とくっついてさえいなければ、今すぐにでもぶっ放すのだけれど」
「やめてよ?」
「いまはね……で。あんた、何処で寝るのよ?」
「そうだなぁ………適当に、外の木の上で寝ておくよ。よくやってたし。ここの木って、寝心地の良いのが多いんだよね」
「…フゥン」
明くる日。
「お~い、霊夢~」
空から響く声の持ち主は、大体、見当がついていた。
こんな朝から、わざわざこんなところに足を運ぶ人間は、おそらく彼女くらいしかいないだろう。
「どうしたの?魔理沙」
金髪と大きな帽子を揺らした少女は、少しせかせかとした動きで箒を降りると、霊夢の方に駆け寄ってきた。
彼女の名は霧雨魔理沙。霊夢とはなんだかんだ腐れ縁の、人間の魔法使いだ。
「あれ?……お前の庭、やけにきれいじゃないか?」
魔理沙は霊夢の近くに来るなり、そう不思議そうに言った。
「それは私が普段掃除をさぼってるって言いたいの?」
「そうじゃねぇけど…この時間に掃除が終わってるなんて珍しいんだぜ……もしかして」
「…?」
「お前、風邪ひいたのか?」
「違うわよ!……居候が増えたの」
「居候?」
「そう。そこの、約六割が幽霊の居候よ」
魔理沙が霊夢と同じ場所に視線を向けると、そこには、珍しい参拝客である人間のおばあさんと仲良さそうに話す現の姿があった。
「…お前が妖怪を泊めるなんて、びっくりだな。本当に風邪をひいてるんじゃないかと思ってきたんだぜ…」
「だからぁ!……あいつ、変な幻想入りの仕方をしたみたいでね。そのせいで、博麗大結界と同調しちゃってるから攻撃できないのよ。そうでもなければ、あいつは今頃天国よ」
「……でもそれができないから、仕方なく監視してるってわけか」
「そういうこと。まぁ、ほとんど紫に押し付けられたみたいなものだけど」
「そういって、意外と満足してたりするんだぜ?」
「んなわけないでしょ?」
「まぁ、霊夢だもんな………とにかく、頑張るんだぜ!」
「他人事みたいに…」
魔理沙が去り、霊夢がため息をついていると、奥から、何やら風呂敷を抱えた現が帰ってきた。
「何してたのよ。あんたが何かしでかした瞬間、私がその頭をたたき割ってやるんだから」
「わかってるって。それよりさ…」
そう言って彼が取り出したのは、桜色の大福だった。
「春だから何かいいものないかなと思ってたところだったんだけど、やっぱりこの時期は甘味が多いね~」
「…桜餅?」
「みたいな感じだね。巫女さんも食べなよ」
そういうと彼は、いつの間にか神社の腰掛に準備していた二つの湯飲みの間に、丁寧に風呂敷を広げる。
「ほら」
「食べるわけないでしょ。どうせ毒でも入ってるんでしょ?」
「えぇ、でもせっかくおばあさんが—」
「おばあさんがくれたんだから」その言葉を、現は最後まで発さなかった。その代りに彼は、霊夢の後ろを、何やら真剣な目で見つめる。
「なによ?」
「……退いて、巫女さん」
「え…っ」
霊夢が彼の声に反応するよりも速く。
現は彼女の肩を押しのけ、おばあさんに向けて、一本の黒い植物の蔓のようなものを伸ばしていた。
「あんた、なにしてるのよ!!やっぱりあんたは…」
「…これ、見てよ」
彼が示す視線の先。
本来、血が滴るはずのおばあさんの胸は、彼の伸ばした枝をすり抜けさせていた。
「…何よ、こいつ」
「こいつ……似てる」
「似てる…?まさか、あんたが……!」
「ちがうよ」
霊夢が聞き返した後ろで、先ほどまで柔らかに笑っていたおばあさんの表情が豹変し、凶悪な笑顔が浮かぶ。
瞬間、老婆の後ろから、紫色の光弾がはじけるように二人に向けて降り注いだ。
「なっ…!」
「”臨む兵、闘う者、皆陣連ねて前に在り”…榊白鏡 捌式!」
彼が印を結び、全命並立の札を掲げると、霊夢と現の周りに、白色の榊の葉が舞い、紫色の球をすべてはじき返した。
「巫女さん!」
「黙ってなさい!ほんっとに…封魔陣!!」
数秒後。
そこに残っていたのは、風圧でできた地面の跡と、二人の少年少女だった。
現の周りの札は三枚にまで減り、炎は、彼の体の四分の三を埋め尽くす勢いだった。
おばあさんは跡形もなく消え、かすかな残滓が残るだけだった。
「なんだったの、あいつ……?」
「―き」
「なに?」
「…何でもないよ」
彼はそう答えると、あのお婆さん…もとい、妖魔からもらった大福を見る。
「………毒は?」
「ないみたい。これで油断させるつもりだったんだろうね」
「…あんた、なんで私を守ったの?」
「え?」
「あんたにとっては邪魔でしょ?」
「…言ってるでしょ?」
「……?」
「この世に命がある限り、それらはすべて平等さ」
「………」
春の柔らかな風が、二人の間を駆け抜ける。
妖怪、亡霊、怨霊。
死者、人外、脅威。
それらが何も関係ないと主張する彼の考え方に納得することはできない。
相も変わらず、夢見がちな考え方だとは思う。だが、彼は、ほんの少しだけ、他の妖魔どもとは違うのかもしれない……ような気がした。
「…さて、巫女さん」
「なに?」
「お餅食べよっか。お茶、冷めちゃうよ?」
「……まぁ、わかりあえることはないだろうけれど」
「ん?なにかいった?」
「…何でもないわよ」
楽しそうに湯飲みを取りに行く現と、けげんな顔をしながらもついていく霊夢。
その後ろで、緑色の髪に赤い服を着た少女が、二人を羨むように見つめているのだった。




