ことのきっかけ
物語は、吸血鬼異変が一応解決し、スペルカードルールが制定された直後までさかのぼることになる。
少女―博麗霊夢は、いつも通り、神社のあたりを箒で掃いていた。
人は来ないくせに桜の花弁は散り、誰のためともわからない作業を繰り返す。
この時間は、慣れたものではありつつも、彼女の抱える不安と共に、その心に影を落としていた。
八雲紫らによって、幻想郷にはスペルカードというルールが追加された。
戦闘の際は殺し合いではなく、限られた手数で、程よく戦闘するというもの。
だが、このルールを果たして妖怪たちが守るのか。
このルールがどこまで浸透するのか。
考えれば考えるほど、暗澹たる感情が広がるだけだった。
「まぁ、なるようになるか…」
彼女がそう呟いたとき、背後から、ふわりと風が吹いてくる。
妖怪が来たのか。
警戒態勢に入った彼女は、その風を起こした正体を見るなり、げんなりするような表情を浮かべた。
「今日もお暇そうね?霊夢」
「……そういう隙間妖怪様も、十分にお暇そうで」
幻想郷の賢者の一角であり、博麗大結界の管理者でもある、八雲紫。
正直なところ、霊夢は彼女を信頼していなかった。
スペルカードも、所詮この空間を守り続けるための規則であり、人間を守るためのものではない。
そもそも、それを定めたからなんだというのだろう。
人間とこの空間に危害を加える異変はなくならない。無駄な努力をするくらいなら、妖怪全員を片付けたほうが、明らかに楽なのではないか…
「霊夢、あなた今…」
「また説教はごめんよ。私、今掃除中なの。せめて終わってからにしなさい」
彼女は、異変の解決を手伝ってくれているから放っているだけ。
もしも人間に危害を加えるようなことがあれば、賢者であっても牙をむく。
それが、霊夢の考える博麗の巫女だった。
掃除がひと段落付き、霊夢は神社の腰掛に座る。
それを見ると、紫はその隣に腰を下ろした。
「ねぇ、霊夢」
「なによ」
「……人間と妖怪は違う、というのは、私も霊夢も同じ考えだと思うわ」
「それがどうしたのよ」
「いえ……あなたがそう考える理由を聞きたくて」
「…」
少し考えた後、霊夢は箒を手に立ちあがる。
「人間は善で、妖怪は悪。簡単なことでしょ?」
彼女がそう答えると、紫はけげんな顔をする。当り前だ。彼女だって妖怪なのだから。
だが、霊夢の目に迷いはなかった。
先の吸血鬼異変や、様々な光景を見ても、霊夢にとって妖怪とは、人間と結界を脅かす存在に他ならなかった。
「どんな理由であろうと、悪は悪。引っ込んでるならいいけど、神社とか人里なんかに出てくるようならさっさと祓う」
「私はいいの?」
「あんたは保留にしてるだけよ」
「ふ~ん…じゃあ、勝てる算段があるわけ?」
紫の目が怪しく光る。
霊夢の目がその中心を射抜く。
「…フフッ、冗談よ」
「……ならいいんだけど」
「じゃあ、私は帰るわね。こんなおっかない巫女様と、いつまでもいるわけにはいかないもの」
「私の方こそ、胡散臭い妖怪はごめんよ」
隙間を開けてその中に入ろうとした紫。だが彼女は、その前で少し立ち止まった。
「最近、新しく幻想郷入りしたものがいるわ」
「……妖怪?」
「…さぁ?あなたが確かめてみなさい」
「はぁ………」
数日後。
霊夢は幻想郷の空を暇つぶしがてら見て回っていた。
妖怪の樹海に差し掛かったころ。
そのある一点に、見覚えのある”隙間”が見えた。
そんなことはないと思いつつも、万が一のことを考え、霊夢はそこに近づいた。
そこには、奇妙な光景が広がっていた。
丸太で作った腰掛に座るのは、厄神こと、鍵山雛。
その正面で、彼女を射抜くように見つめるのは、先日も神社に来て茶々を入れてきた隙間妖怪。
そして、雛の横。
彼女の陰に隠れてよく見えないが、そこには、人間のようなものが座っているのが見えた。
「随分と楽しそうじゃない、雛」
「ゆ、紫様…」
「喜ばしくおしゃべりをしていたようだけれど、まさか、彼のことを忘れた、なんて言わないわよね?」
「は、はい……わかっています」
「ふぅん…ならいいのよ」
そういうと、紫は何事もなかったかのように立ち去って行った。
「ごめんね、私のせいで…」
「別に大丈夫ですって。別に僕にとっては厄でも何でもないですし」
謝る雛の横。
姿の見えない少年の声が、妙に霊夢の耳に残った。
1週間後。
朝に掃除をし、茶々を入れる隙間妖怪をあしらい、風が散らした塵をもう一度掃除をし…。
そんなことを繰り返していた彼女に、一つの転機が訪れた。
夕方ごろ。
神社の屋根の上で暇をつぶしていた霊夢。
そろそろ降りて、夕飯の支度でも始めようかと思った、その矢先。
神社の鳥居のあたりに、一つの人影が見えた。
参拝客か、それか道に迷った人間か。
そう思い近付いた霊夢は、その姿を見て息をのんだ。
まず飛び込んできたのは、彼の左半身を覆う、水色の炎。それはまるで彼を守るかのように、それでいて蝕むかのように、妖しく揺れている。
霊夢の困惑などどこ吹く風で彼女を見つめる鮮やかな青色の瞳は知的な光を放ち、まっすぐに霊夢を見つめている。
陰陽師のような服を優雅に風に吹かせながら地面から少し浮いたところに居る彼の周りには、「全命並立」と書かれた5つの霊符が浮かんでいた。
「妖怪」「亡霊」「人外」
霊夢は彼を見た瞬間、霊符とお祓い棒を取り出していた。
「『夢想封印』!!」
「ちょ、あ、えぇ⁉」
放たれる、物理法則を無視した無数の光弾。
「ちょっと待って!僕まだ何もしてないからね⁉」
「まだってことはいずれやらかすんでしょ?なら、さっさと排除するに限るわ!」
「~~~っ!致し方なし!!」
彼はほんの一瞬だけ光の弾との距離を離すと、手で六甲秘祝を結んだ。
「”望む兵、闘う者、皆陣連ねて前に在り”」
彼はそばに浮かんでいた札の一つをひったくり空中に浮かせると、中指と人差し指でその札を勢いよく突いた。
「榊白鏡 捌式!」
刹那。
彼の足元に、半径おおよそ16尺の水面が広がり、同時に、彼の体を中心に、巨大な白い榊が生えた。
そこから舞い落ちる白い葉が、彼の周りを守護するかの如く回転し、弾幕を弾いていく。
そこで、霊夢は知る。
彼の左半身を覆っていた炎が、少しずつ広がってきていることを。
「…このままいけば!」
「やっぱり痛い………でも…あと一個攻撃用の奴しかないし……」
「打てばいいじゃない!」
「そしたら敵だって言って絶対追いかけてくるでしょ⁉」
霊夢は、砂煙の中から聞こえるその声に聞き覚えがあった。
いつだったか、雛の隣にいたであろう、少年の声だった。
「妖怪は敵!たとえ半分が人間でも、自分で妖怪になったわけじゃなくってもね!」
「だからぁ!話を少しは聞いてくれー」
「そこまでよ、霊夢」
霊夢の出す弾と、彼の出す葉が、一瞬にして隙間に吸い込まれる。
そこから現れたのは、言わずもがな、紫だった。
「紫!なんで—」
「上を見てみなさい」
霊夢は、言われた通りに上を向いてハッとする。
空に、ひびが入っていた。
ほんの少しのひび。だがそれは、幻想郷の存在を脅かしかねない、大きな問題だった。
「なんで…また吸血鬼の奴らが……!」
「違うわ」
「なら何よ!」
「彼よ」
「なら結局敵じゃない!」
「いえ、違うわ。あなたが彼を攻撃したから、ひびが入ったのよ」
「え……?」
「彼は、最近幻想入りした。まだ話を聞いていないから、詳しくはわからないのだけれど…」
「なによ」
「おそらく彼は、博麗大結界と同調している」
「……ハァ⁉そんなことあるわけ……」
そこまで言って、霊夢は彼を見る。
戦闘態勢が解けたからだろうか。
術を使ってからなくなっていたはずの霊符は5つに戻り、体に広がっていた炎も元に戻っていく。そしてそれと同時に、空のひびも、少しずつだが修復していっていた。
「…ガセネタじゃないみたいね」
「だから言ったでしょう?」
「そんなやすやすと、それも妖怪が言ったことを信じられるわけがないでしょう?」
「あのぅ…」
紫と霊夢が言いあっているそばで、気まずそうに、少年が手を挙げた。
「多分空がああなってるのって、僕のせいなんですよね…?」
「おそらくは、ね」
「大体はそうでしょうね」
少年はそう聞いて、困ったように頭をかき、それから、真剣な顔で二人を見た。
「もし、それで解決策が見つかるのなら………できる限りお話しします。この世界?に入るまでの、ぼくの話を」




