表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/23

17

九十キロで走行する十トンの鉄の城に対し、剥き出しの身体で仕掛ける、死と隣り合わせの行為。


バイクは一瞬で前方に躍り出ると、香のトラックを引き離す。赤く流れるテールランプが、暗闇の中で軌跡を描く。


「なんなのよ……あいつ……!」


ステアリングを握る手が、怒りと恐怖で激しく震える。


激しい衝撃で香の脳内に、ある冷徹な事実が滑り込んできた。

追い越し車線。深夜3時。


もしあのまま、コンマ数秒の微睡みが数秒の「睡眠」に変わっていたら。


十トンの巨体は緩やかに、しかし確実に左へ流れ、走行車線の車を巻き込むか、あるいは右のガードレールを粉砕して対向車線へ躍り出ていたはずだ。


香はバックミラーに目をやった。


前方を走るバイクは、もはやテールランプの赤い点にまで遠ざかっている。  彼は、気づいていたのだ。


並走した際、窓の向こうでガクンと首を落とした香の姿を。あるいは、車線の維持がわずかに甘くなったその「死の兆候」を。


言葉も届かない、クラクションすら意味を成さない高速道路上で、彼が香を、そして周囲の命を救うために選んだ唯一の手段。


それが、死を覚悟して片足を放し、鉄の塊を蹴りつけるという、あまりにも乱暴で、あまりにも純粋な「警告」だった。


「……あ」


喉の奥から、乾いた声が漏れた。ドアに残ったであろう凹みは、彼が香に叩きつけた命の重さそのものだ。


かつて、香が「不良」と呼ばれていた頃、周囲の大人たちが注いでくれたのは「正解」を押し付けるための説教か、軽蔑の視線だけだった。


香の心に触れようとする者など、一人もいなかった。


けれど、今、暗闇の中で名前も知らない誰かが、命を懸けて香の魂を現世に引き戻した。そこには顔色をうかがうような打算も、偽善もない。ただ「生きろ」という、剥き出しの意志だけがあった。


香は震える手で、もう一度ステアリングを握り直した。


今度は、恐怖や怒りからではない。自分に託された命の重さを、改めて噛みしめるための震えだった。


「ありがとう……」


届くはずのない言葉を、フロントガラスに向かって呟く。眠気は完全に霧散していた。香は、遠く消えていった赤い光を追いかけるように、静かにアクセルを踏み込んだ。


自分を信じて道を譲ってくれた誰かのために、そして、再びこの道を走り続

ける自分のために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ