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ステアリングを握る掌に、じっとりと脂汗が滲む。
追い越し車線を時速九十キロで走る十トンの巨体。もし今、一秒でも意識を失えば、この鉄の塊はコントロールを失い、ガードレールを突き破る凶器へと変わる。
その恐怖は理解しているはずなのに、本能が強烈に「シャットダウン」を要求してくる。
かつて、教室の片隅で他人の顔色を窺い、神経を摩耗させていた頃の眠気とは違う。あれは精神的な逃避だった。だが今は、肉体の限界が牙を剥いている。
香は窓を数センチ開けた。
冷烈な風がキャビンに吹き込み、彼女の頬を叩く。風の咆哮が静寂を切り裂き、少しだけ意識が浮上した。
「まだ……行ける。あと、次のパーキングまで……」
自分に言い聞かせるように、震える声で呟く。
誰の助けも借りられない。
この睡魔と戦い、自分を制御し、安全な場所までこの巨体を運び届ける責任は、すべてこの細い腕にかかっている。
香は奥歯をガチリと鳴らし、眩いばかりのナトリウムランプが照らす夜の道を見据えた。
眠気に歪む視界の先、遠くに見える緑色の案内標識を、命綱を掴むような思いで見つめ続けた。
生暖かい闇に、意識がコンマ数秒だけ沈んだ。
完全に、落ちた。
ガツォォォンッ!
鼓膜を突き破るような金属音が、キャビンを震わせた。衝撃は、すぐ横の運転席ドアから香の身体へとダイレクトに伝わる。
「っ……!?」
心臓が喉から飛び出しそうなほどの衝撃で、香は飛び起きた。
全身の毛穴から冷や汗が噴き出し、一瞬で眠気が吹き飛ぶ。
何かに接触したのか。ガードレールか。それとも——。
バックミラーを確認する暇もなく、窓の外、香の視界の端を何かが凄まじい速度でよぎった。
それは、一台の大型バイクだった。
低い爆音を響かせ、香のトラックを嘲笑うように猛加速していく。
そのライダーが今、追い越し車線サイドから香の運転席ドアを、追い抜きざまに身を乗り出し、彼女のドアを力一杯蹴り飛ばしたのだ。




