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目標集積所に到着し、指定されたバースに車を停めると、隣に停まっていた十トンのキャビンから、見覚えのある男が降りてきた。


かつての中距離時代から何度か現場で顔を合わせている、ベテランのドライバーだ。


「よお、香ちゃん。ここまでロング、お疲れさん」


男はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、香がキャビンから降りるのを待っていた。


香がステップに足をかけ、ツナギ越しに腰のラインが強調される姿勢になった瞬間、男が下品な声を張り上げた。


「相変わらず香ちゃんは良いケツしてるなあ。どうだ、長距離の疲れ、一発やらしてよ。俺がほぐしてやるからさ」


この手の言葉はフロントガラスにぶつかって消える羽虫のようなものだった。

香は地面に降り立つと、男の目を見た。


「馬鹿か?おっちゃん、 させるわけねえだろ。」


吐き捨てた言葉は短い。男は香の強気な態度に一瞬怯んだが、すぐに「相変わらず可愛げねえなあ」と苦笑いして背を向けた。


男の背中を見送りながら、香は内心で小さく鼻を鳴らした。


可愛げなんて、この道には必要ない。  他人の機嫌を取って自分を削り売りする日々は、あの「不良少女」と呼ばれた過去と一緒に、とうの昔に廃棄してきたのだ。


彼女は伝票を掴むと、濡れたままのアスファルトを力強く踏みしめ、事務所へと歩き出した。背後に残した男の視線も、下品な言葉も、もう彼女の心を一ミリも揺らすことはない。


事務所へ向かう道すがら、香は先ほどのやり取りを反芻するまでもなく、日常の一コマとして脳の隅へ追いやった。


大型のハンドルを握り、各地の集積所やサービスエリアを転々としていれば、ああやって声をかけてくる男は珍しくない。驚きや物珍しさ、あるいはもっと剥き出しの欲望。


二十七歳の女が一人、鉄の塊を操って夜を徹して走っているという事実は、ある種の男たちにとって、勝手な幻想や踏み込んでいい隙を与えるように映るらしい。


「香ちゃん」「お姉さん」「ねえ、一人なの?」


投げかけられる言葉のバリエーションはいくつかあるが、その根底にあるものはいつも同じだ。彼らは香を「一人のプロドライバー」として見る前に、「御しやすい女」として値踏みしようとする。


長距離の世界は彼女に別の教えを与えた。ここでは、曖昧な笑みはただの「隙」になり、過剰な配慮は「弱さ」と見なされる。


香は事務所の重い扉を開け、カウンターに伝票を叩くように置いた。


「——受領印、お願いします」


事務的に、けれど低く響く声。彼女はもう、誰かに選んでもらうための自分を演じたりはしない。男たちの視線がどれほど背中に突き刺さろうとも、彼女が握っているのは彼らの手ではなく、十トンの命運を分かつステアリングだ。


ハンコを押された伝票を奪い取るように受け取ると、香は一度も振り返らずに自分のトラックへと戻った。


キャビンに上がり、ドアを閉める。その瞬間、外界の喧騒と下劣な好奇心は完全に遮断された。


自分を、自分だけのものとして保てる場所。香はシートに深く身体を沈め、静かに、けれど確かな勝利を噛みしめるように、次の配送指示書に目を落とした。

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