おごれる豚悪役令嬢は久しからず。質素倹約な第二の人生をめざします。
ブクマ・評価・ご感想ありがとうございます!
まことに勝手ながら、ここを第一話にして、話をやり直させてください。
オリジナルを求めすぎて大失敗してしまいました。
次回更新時に、タイトル、タグ、あらすじ、すべて変更させていただきます。
「俺様王子~」の投稿済部分も、次回更新時に削除させていただきます。
今までおつき合いいただき、ありがとうございました。
どうかご寛恕いただきますよう、お願い申し上げます。
「……ここは……どこ……?」
目を覚ますと、そこは、まっしろな世界だった。
頭が、がんがん鳴る。
気分が悪い。
「やあ、お目覚めかい。死後の世界へようこそ。おぼえてるかい、君は泥沼の中でみじめに死んだんだ」
燕尾服をきた子供が、私を見下ろしている。
まるで執事の仮装だ。そしてちゃらい。
馬鹿にしてるのかと怒鳴りつけようとして、私は凍りついた。
子供の瞳は金色だ。頭にヤギのような角が生えている。
にっと嘲笑う口元から、大きな犬歯がのぞいた。
一目でわかった。人間ではない。
私は伏した状態から身を起こそうとしたが、体が思うように動かない。
空振りしたようにバランスを崩し、ひっくり返ってしまう。
まるで使い慣れた手足が急に短くなり、体が浮き上がってしまっているような……
「アハハ! 急に動こうとしたら、ケガするよ。ずいぶん体の勝手が違うだろう。なにせ今の君は、幼女の姿に戻ってるんだから」
信じがたい言葉だが、たしかに視界が妙に低い。
執事もどきの異形の少年が、ぱちりと指を鳴らす。
床が盛り上がり、にょっきりと巨大な姿見が出現した。
「ごらん、自分の姿を」
鏡面には、小太りの幼女が、不安に青ざめた顔で映っていた。
にきびづらの腫れぼったい顔をしている。
八歳ぐらいの頃の私だった。
「なにが……どうなって……私は、今は大人のはず……」
混乱する私をよそに、少年はため息をついた。
「ここでは人は、神に愛される行いを最終にしたときの姿になる。つまり、君が最後にいいことをしたのは、八歳の頃というわけだ。君は二十歳で殺された。やれやれ、なんと十二年間は悪いことしかしていないという計算になる。しかも贅沢三昧だろ。ここ最近は凶作だったのに。そりゃあ、領民に恨まれるはずだよ。むごい殺され方して当然さ」
彼の言葉で、記憶が一気によみがえった。
そうだ、あの夜のことを、はっきりと思い出した。
私は、領民たちに反乱を起こされ、追い詰められて、殺されたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
稲妻が夜の闇を、青く染める。
「あの豚を殺せ!!」
「見ろ!! あいつの逃げたあとに、ぽろぽろ宝石が転がってんべ!!」
「領民の俺たちは飢え死に寸前なんだぞ!! 自分だけ贅沢しやがって!!」
「俺の娘は、おなかがすいたって泣きながら死んだんだあ……!!」
「ふざけんな!! 絶対許さねえ!!」
「あんなデブ、手を出す気にもならねえ!! 皮をはいで吊るしてやっぺえよ!!」
殺意にみちた罵詈雑言が、私の背後から迫ってくる。
追いつかれたら、奴らのクワやカマで、確実になぶり殺しにされる。
「……ブーハー……ヒーフー……おのれ、領民風情が……!!」
私はアナスタシア。
このデモンズ領の領主だ。
父も母も早くに亡くなり、若くして私はデモンズ領を継いだのだ。
「いやしい生まれが……ブフーッー……高貴な、この私を……」
私は毒づくが、息があがって、独り言さえままならない。
滝のように汗が流れ、目にまで入ってきて痛い。
ふいごのように呼吸が荒い。
膝とかかとに激痛が走る。腿がぱんぱんだ。
今すぐ休みたい。
追手さえなければ、汚らしい地面の上にさえ転がってしまったろう。
全力疾走など何年ぶりだろう。
馬に乗って逃げようにも、馬は私の体重を支え切れない。
無理に乗ると、馬たちは腰を落とし後ろ足をつき、悲鳴をあげた。
もう三年も前からそうだ。
家来どもと同じ役たたずどもが!!
馬車で使わなければ、とっくに肉にして食べてしまっていたろう。
それにしても、下賤な領民たちが、高貴な領主のこの私を、こともあろうに豚呼ばわりとは!!
怒りがこみあげる。
領民なんて領主の所有物じゃないか。
黙って使いつぶされていればいいものを。
どうせ雑草のようにいくらでも生えてくる。
「ブーヒー、ごみくずどもが」
今年が凶作というのは報告で聞いていた。
だが、そんな些事より、もっと大事なのは、私の宝石や貴金属のコレクションを増やすことだ。
家族を失い、ひとりぼっちになった私の心のすきまを、あの美しいきらめきだけが埋めてくれる。
しつこく私を諫めようとした代官は、頭にきたので、むち打ちにしたあと、牢にぶちこんでやった。
それが領民の蜂起の最後の一押しになった。
あのいまいましい代官は、自分が城から戻らなければ、もう一揆しかないと領民と打ち合わせ済だった。
投獄の三日後に、領民どもは、各村示し合わせて、一斉に反乱を起こした。
私をまもるはずの騎士団たちは、屋敷に押し寄せてきた領民たちを食い止めようとはしなかった。
私の楯になるどころか、倉庫を開け放ち、食料を領民たちに渡しやがった。
勝手なことを!! この領のものは麦一粒にいたるまで、人間も含め、すべて私のものだ!!
騎士団だけではない。
屋敷の召使いたちもメイドたちもだ。
なのに、私のピンチに誰ひとり動こうとはせず、主の私を睨みつけやがった。
「なにをしている!! ぐずどもが!! とっとと私を守れ!! まったく無能ぞろいが!!」
私が絶叫すると、あちこちで、くすくすしのび笑いが漏れた。
「どこかで豚がきーきー鳴いてるわ」
「ちょっとのミスで、私たちをゴミのように殺してきたツケよ」
ここにはもう私の味方はいない。
そう悟るのに時間はかからなかった。
私は寝室にとびこみ、扉を閉め、かんぬきをかけた。
怒号とともに扉と壁が叩かれ、かんぬきがみしみし軋む。
だが、しばらくは時間稼ぎになるはずだ。
私は、ありったけの宝石や貴金属をかき集め、両手いっぱいに抱え、抜け道に飛びこんだ。
家来たちは信用できないので、貴重品はみんな自室に保管しておいたのが幸いした。
抜け道は、裏庭のもう使われていない保冷庫につながっている。
かつては冬の池から切り出した氷を中に入れていた。
中は狭く、途中で体がつかえてひやりとしたが、なんとか這い出すことが出来た。
体中がわらくずと泥まみれだ。
外は嵐だった。
ずぶぬれになるが、火照った体を冷やしてくれるので、かえってありがたい。
それに、これなら追手の視界もさえぎられる。
南の森方面には塀がない。逃げ延びることができるだろう。
だが、ホッとする間もなく、
「こっちのほうに、古い保冷庫がありまさあ!! そこが抜け道になっとるって、爺さんが言うっとった」
誰かに先導され、人の群れが足早に近づいてくる。
私は歯噛みした。闇夜の雨天のなか、破棄された保冷庫にたどりつける人間は限られる。代々うちに仕えた園丁も敵にまわっていた。
「……駄目だ!! みんな、落ち着け!! 殺しちゃいけない!!」
聞き覚えのある声がした。
あの生意気な代官だ。
牢から解放されたのだろう。
すべてはこいつのせいだろう、とイラッとしたが同時に安堵もした。
暴徒どもと違い、こいつは聞く耳ぐらいはある。
だが、領民たちは、指導者の彼の言葉でも止められないほど、ヒートアップしていた。
「代官さまのお言葉でも、こればっかりは聞けねえ!!」
「あのブタ女、八つ裂きにしてやらにゃ、気が済まねえだ」
叫び声が彼の声をかき消した。殺戮のどよめきが広範囲から迫ってくる。
私は、ぞっとした。
ぐるりと敷いた包囲の輪を少しずつ縮め、私をいぶりだす気だ。
これをやられると逃げるすべがない。
私は池にとびこもうとした。
それしか方法は残っていない。
だが、私は大きなミスをおかした。
暗闇と嵐のせいで、進む方角を間違えた。
私は、池の横の湿地帯のほうに足を踏み入れてしまった。
妙に足を取られると思ったときには、もう遅かった。
ここの泥土はやわらかく、しかも人間の背丈よりも深さがある。
抱えた宝石を落とすまいと、とっさに体を丸めたのが仇になった。
私はあっという間に、宝石ごと、底なしの泥にのみこまれた。
「ぶひっ!! なんで私がこんな目に!! ごばっ!! 神でも悪魔でもいい!! 今すぐ来い!! 私を助けろ!! ごぼっ!!」
口いっぱいに侵入してきた生臭い泥に、最後の絶叫はほとんどかき消された。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……思い出したかい。ま、そういうわけさ。君は、命の尽きるとき、悪魔を呼んだ。だから、ぼくはやってきた。人類との旧い契約に従ってね。ラッキーだったね。人生やり直せるチャンスだよ。神の名だけを呼んでいたら、無駄に死んでるとこだった」
彼は芝居がかったしぐさで、片手を胸にあて、腰を軽く折った。
「さあ、旧き取引のゲームをはじめよう。ぼくたち悪魔は、その手の娯楽に目がないのさ。君は、これから、人生をやり直す。もし、君が二十歳の誕生日まで生き延びられるなら、君の勝ち。二十歳までに死ねば、君の魂をもらう。拒否権はないよ。悪魔を呼びだした時から、契約は結ばれているんだ」
得意げにぺらぺら喋るやつに、私は、かっとなった。
飛び起き、胸倉をつかむ。
「そんなことはどうでもいい!! 私の宝石はどうした!! 私の宝石を返しやがれ!!」
「……おい、調子こいてんじゃねえぞ。このブタカス女が。這いつくばれ」
軽薄な甲高いやつの声が、突然野太い声に変った。
瞳が金色に強く輝く。
私は金縛りになった。
「……ぎっ!?」
体が、ぐるんっと空中で一回転した。
床にべたんっと四つん這いで着地した。
冷や汗が出る。あやうく顔が潰されるところだった。
見えない巨人の手に押さえつけられたかのように、立ち上がれない。
「むかつくぜ、てめえ。こっちが紳士的な態度でいりゃあ、図に乗りやがって。ここは死後の世界っつたろ。現世の宝石なんぞもってこれるか。ちったあ考えろ、欲ボケバカが。よし!! 決めた。俺様はこのサバイバルゲームに参加するチケット代として、おまえが大好きな宝石サマや宝物サマを所有すると、呪いが発動するようにしてやるよ」
姿形は子供のまま、大人の男の声でやつは、げらげら嗤った。
私は愕然とした。
「……てめぇ!! ふざけんなよ!! 宝石集めは私の生き甲斐だ!! その変な呪いをとけ!! ぶっ殺すぞ」
這いつくばっても抗う私に、やつは冷たく吐き捨てた。
「その礼儀知らずな口も、二度と叩けなくしてやる。二つの呪いをかかえながら、苦しみもがいて、人生をやり直すがいい。どうせ途中で殺され、魂を我らに売ることになるのだがな。その日まで、せいぜいみっともなく、あがいてみせろ!!」
悪魔の哄笑が響き渡る。
床が消えた。
「きゃああああっ!?」
そして、私の意識は、まっさかさまに落下した。
なんで、こんな絹を裂いたような悲鳴を自分があげているのか、心の片隅で疑問に思いながら。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お嬢様、どうか起きてください。今日は、ケガを治してさしあげたツバメを逃がす日でしょう」
遠慮がちに声をかけられ、私はベッドのぬくもりの中で身じろぎした。
「あの、起こせと言われていたから、起こすんですよ。どうか怒らないでくださいね」
おっかなびっくりというふうに、誰かが、シーツをかぶった私の肩を揺さぶる。
まったく、どこのバカメイドだ。
デモンズ領の頂点たる私をお嬢様だと。
ムカッとした私は、シーツをはねのけ、飛び起きた。
この無礼なメイドを殴り倒そうとしたのだ。
だが、勢いをつけすぎ、私の体はベッドから空中に飛び出した。
「……なっ!?」
異常に身が軽い。
何が起きているかわけがわからないまま、私はシーツごと巻き込むような形で、床に落下した。
しこたま頭をぶつけた。 ごちんっと凄い音がした。
目から火花が散り、激痛で涙目になる。
「……ひいいいっ!! お嬢様、どうかお許しを!!」
長身のメイドが平伏低頭し、必死に許しを乞うていた。
許せるものか、こいつが何者だかは知らんが、領主の私に痛い思いをさせるきっかけになった。
それだけで万死に値する。
だいたいここは、私が子供の頃使っていた寝室ではないか。
主をこんなところに寝かせて、ただで済むと思うなよ。
自刎して詫びろ!!
立ち上がった私は、そう怒鳴りつける気だった。だが……
「……罪を憎んで人を憎まず。まして、起こしてと頼んだのは、私だもの。こちらこそ、驚かせてごめんなさい。さ、顔をあげて、かわいい女の子に涙は似合わない。笑顔を見せて」
幼女の少し舌足らずな声がした。
……誰だ。こんな気持ち悪い台詞を吐く餓鬼は。
おまえもぶち殺してやろうか。
そう思ってあたりを見渡した私は、鏡に目をとめたとき、恐れおののいた。
先ほど目にしたのと同じ、八歳の頃の私が映っていた。
その口が勝手にぱくぱくと動き、言葉を紡ぎだしている……!!
気持ち悪い台詞を語っているのは、私自身だったのだ。
「その礼儀知らずな口を、二度と叩けないようにしてやる」
悪魔が私に吐いたあの言葉が、脳裏によみがえる。
あれは夢ではなかったのか!!
もしかして呪いで乱暴な言葉が喋れなくなったのか!?
子供になっているということは、本当に時間が巻き戻ったのか!?
そして、ぞっとした。
ということは、もう一つの呪いも!?
立ち竦む私をよそに、謝罪したメイドは、
「……あのアナスタシアお嬢様が、気遣いをしている!? こ、これは天変地異の前触れか……ぶくぶく」
と泡をふき、床に転がって気絶していた。
ご丁寧に痙攣までかましてくれていた。
無礼なやつ、ぶち殺すぞ、と私は口にしようとしたが、口をついて出たのは、
「ああ、優しいあなたをこんなに苦しめるなんて、私は今までどれだけ鬼のような所業を……。自分で自分を殺してしまいたい」
だった。
もちろん私の意志ではない。
こんな偽善を言う自分に吐き気がした。
気持ち悪くてしかたない。
メイド同様に泡をふいて、私も床に倒れたかった。
お読みいただき、ありがとうござました!!
次回投稿からは、ここが第一話になります。
よろしくお願いいたします。