友情のはじまり
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「……おいしい……」
リーナはほっぺたが落ちそうだった。
口いっぱいに広がるサンドイッチの味は、天界のものに思えた。
四日ぶりの食事は、涙が出るほどおいしかった。
その前もずっとふすまパンしか口にできていなかったのだ。麦を石臼で脱穀したときにできる、皮や除去したあまりものでつくった、家畜用のパンだ。硬くて臭くて、とても食べられた代物ではない。家こそあれど、ここ最近のリーナの食生活は、貧民街の孤児たちに近いものだった。
ケーキの甘味に脳天がしびれた。
もし、レオやジェシカがお茶会に同席していなかったら、ティースタンドのたて三段に重ねた皿を、瞬く間に空にしてしまったろう。
女としての最後の恥じらいが、かろうじて理性をつなぎとめていた。
デザートスプーンをもつ手が、かたかた震える。
スプーンを介して、口に入れるのがもどかしい。
もっともっと栄養を……!! とリーナの身体が歓喜にうち震えて、命ずるのだ。
止まらない。
「手で摑んで、直接に口に入れても無作法ではないわ。貴族のお茶会といっても、そんなに気にしないで。……おいしい?」
テーブルの上に両肘をつき、組んだ手の上に顎をのせ、ジェシカがほほえむ。
わざと無作法をすることで、リーナに気を遣わせまいとしているのだ。
下町育ちとはいえ、それがわからないほどリーナは鈍感ではなかった。
「……おいしい……おいしいです……!!」
涙がこぼれてくるのは、空腹だったためだけではない。
自分がどんなに人の優しさに飢えていたか、リーナは思い知らされた。
デモンズ家の手腕で篭絡されかかっているのかもしれないとも思ったが、そんなことはどうでもよく、今はこの幸せにひたっていたかった。
「……おい、俺様は腹がすいてるんだ。これぐらいではまったく足りん。出し惜しみしないで、ばんばん持ってこい。ありったけだ」
あいかわらずレオが偉そうに命じる。
こちらも無作法にちんちんと皿をデザートスプーンで叩き、大声でだ。
野蛮なコールをしたあと、すぐにデザートスプーンを定位置に戻し、ぴしっと姿勢を正したのがおかしかった。
レオ本人はさほど食べ物に手を出してはいなかった。
リーナのために声がけしてくれたのだ。
そのときのリーナは食べるのに夢中で気づいていなかったが、後に思いあたり、羞恥とあたたかさで胸がいっぱいになった。今はただ腹をいっぱいにすることに必死だった。
「おい、ジェシカ。俺様は水が飲みたいぞ。おまえらもつきあって水を飲め。王子命令だ」
熱いお茶では、極度に詰め込んだ食べ物を流し込むには都合が悪い。
このレオの気遣いには、食べ物に夢中だったリーナもさすがに気づいた。
ジェシカがゴブレットに水差しから水を注ぎ、目の前に置いてくれた。
リーナは耳までまっかになった。
お茶会で会話も忘れ、食べることにのみ集中するなど、無礼もいいところだ。
しかも身分的に雲の上の二人に気を遣わせてまで。
「……わ、私、とんでもないことを……ごめんなさい……」
椅子から飛び降り、平身低頭して謝ろうとしたリーナを、ジェシカはあわてて引き留めた。
「いいの。ここまでリーナちゃんに喜んでもらえて、私ももてなし甲斐があったわあ」
「だけど、こんな……がっついた動物みたいに……私……私……!! せめて、土下座して詫びねば!! ごめんなさい!! いろいろ、ごめんなさい……!!」
ぽろぽろ涙をこぼしながら、床に這いつくばろうとするリーナを、ジェシカはぎゅっと抱きしめた。
「謝らなくていいのよお。今までたくさんつらいことがあったのね。これからは私のことを、おねえさんと思って、なんでも相談してね。あなたはもうひとりぼっちじゃないわ。私、がんばる女の子が大好きなの」
「……ジェシカ様……」
ふぐっふぐっと涙をこらえ、鼻をまっかにしているリーナを見て、レオがいまいましそうに告げる。
「……我慢してないで、とっとと泣け。ちょっとしたことで、いちいち泣かれては、話にならん。一度出しきれ。ジェシカの服を涙と鼻水で汚せ。これは命令だ」
がたんっと席を蹴って立ち上がる。
「とはいえ、ぴーぴー泣かれては、まわりも迷惑だ。扉は閉めさせてもらうからな。俺様は書斎のほうにいる。済んだら呼びにこい。まったく不愉快なお茶会だった」
レオは吐き捨てると、膝に広げたナプキンを乱暴にたたみ、テーブルの上に置いた。
これでは、満足した、という意志表明になってしまう。
やはり変なところで礼儀正しいのだった。
料理をワゴンにのせてきた使用人たちに、しばらくこの居間に入らないよう指示し、レオは扉を閉めて出て行った。
リーナと二人きりになって、ジェシカはくすりと笑った。
「……王子命令じゃ、逆らうわけにはいかないわねえ。はい、どうぞ、遠慮なくお泣きなさい」
ジェシカは両手を広げ、リーナをうながした。
「実行しないと私が怒られちゃうもの。俺様王子のむちゃな命令から、私を助けると思って、ね」
ジェシカが茶目っけたっぷりにウインクした。
まだためらっているリーナを抱き寄せ、髪をなでる。
「よし、泣け。レッツゴー」
その言い方がおかしくて、リーナは声を出して笑った。
それがやがて泣き声にかわる。
「あははっ、あはっ…………ああっ……うっ……ううっ……!!」
一度泣き出すと、涙は堰を切ったようにあふれ出て、止まらなくなった。
子供のように泣きじゃくり、リーナはジェシカの胸にしがみついた。
「……もう一度言うね。あなたはもうひとりぼっちじゃない。わかった?」
「……はい……! ……はい……!」
リーナは何度もうなずいた。
気づかなかったけど、こんなにも自分は人のぬくもりに飢えていたのだ。
もしかしたらジェシカに騙されているのかもしれない、気持ちを手玉に取られているのかもしれない。
でも、それでもいいとリーナは思った。
そして、このときから、ジェシカはリーナのかけがえのない大切な友人の一人になったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ふすまパンですが、現代の高い技術でつくられた食品用のものとは、まったく別物です。
愛用されてる方は、どうかお気を悪くされずに。




