78ページ目 問いかけ
「残念だけど坊ちゃんのその頼みは聞けないね。いくら脳味噌とろけちゃってるうちのご主人でも、やっちゃあいけないことくらいは分かってる。創生樹の腕輪はヒューマンには渡せない。ありゃドラグニティの中でも選ばれた者しか身につけられないんだ。持ち主だった坊ちゃんなら分かるだろう?」
「……その無理を承知で頼んでいる」
「ありゃあ、堂々と決まりを破れって言っちゃってるのとおんなじだって分からんかね? 考え直しなさいな。大体私はその、坊ちゃんが惚れ込んだヒューマンの顔すら見てないんだ」
「……頼む」
イブがどう説得しようとも、マグラスは下げた頭を上げない。困り果てた彼女は、現実的な意見を聞かせる。
「なら創生樹の腕輪が何なのか、復習しよう。まずあれは、創生樹の根元に一番近い枝から出来ていて、高純度の魔力が循環している。これが所有者の魔法を強化、魔力の変換効率の上昇、詠唱の短縮、逆に呪術から身を守る効果もある。…………そんなもの、ヒューマンに必要?」
「……その効果じゃないんだ、彼奴に必要なのは」
「……あぁ、知ってたんだ。あらゆる生物との意思疎通を図る効果。かつてレムリア姫が最初に植えた創生樹から作った腕輪で成し得た偉業」
「その力はきっと必要になる。そうすればきっと……」
「……何となく分かったよ、坊ちゃんが言うヒューマンがどんな奴か」
下がったマグラスの頭を、イブは優しく撫でる。
「坊ちゃんと同じさ。誰かの為に一生懸命になれる奴。けど誰かの事を一番に考え過ぎて、結局大切な人を泣かせる。罪な男と見た」
「同じものか」
目を細め、声を低くしてマグラスは否定する。彼自身は本気でそう思っているのだが、イブが浮かべた笑顔からは、照れ隠しをしたように思われたに違いない。
「…………しっかたないな、伝えるだけ伝えておく。だけどあまり期待はしないでくんな」
「恩に着る。……なら俺はこれで──」
「オット、マテマテ」
突如、火口の中のマグマが煮え立ち始める。間を置かずして表面のマグマを押し退け、火山の主人が姿を現した。
他のドラゴン達を凌駕する巨体は正しく山。体からは絶えず滴り落ち、その頭は自らが秘める高温により溶けかかっている。眼は煌々と輝きを放ち、巨大な翼は内壁にぶつかりそうな程だ。
「イフルヴェント……」
「オー、久しぶりダナァ。…………アット、アェ?」
「お忘れですか? マグラスお坊ちゃんですよ、ご主人」
「ソウダ、マグラスダ、マグラス。悪いナ、最近頭が溶ケハジメテ……」
「……変わらず、何よりだ」
イフルヴェントは他のドラゴン達と一緒で、ユーラン・イルミラージュを長い間生きてきた。だが自身が有する熱は日に日に自身の体を焼き尽くし、果ては叡智を秘めた頭脳すら溶かしている。
生命の誕生の象徴である水、生命の育みの象徴である地、生命の旅立ちを象徴する風、生命の終わりと再生を象徴する炎。
フィオディーネ、ジルフィウス、ファンガル、イフルヴェント。彼らがその象徴を司る竜なのである。
「昔はあんたみたいな奴等がゴロゴロいたなんて考え辛いな」
「タマタマダ、タマタマ。レムリアからオレは創生樹ノ守護を託されタカラ、オレはコウシテイマモ生きてる。……ッテ、その話ヲシニキタンジャナイ」
イフルヴェントは首を振り、巨大な指を立てる。動作の度にマグマが飛び散り、内壁を焦がす。
「創生樹ノ腕輪、ホシイノカ?」
「聞いていたのか……」
「ホシイノカ?」
顔を近づける。凄まじい熱気にマグラスは顔を背けてしまう。
「あぁ、そうだ。ヒューマンの為にな。それが禁忌なのも知っている。だが──」
「イイぞ、作ってやるからマッテロ」
「…………は?」
マグラスがもう一度尋ねようとするより早く、イフルヴェントは再びマグマの中に姿を消した。
唖然とするマグラスの隣で、イブは腹を抱えて笑っていた。
「良かったねぇ! 寛容な私のご主人に感謝しな!」
「あ、あぁ、うん……本当に、彼奴理解してるのか?」
もしかしたら、駄目な事を忘れているのではないか。
そんな不安に駆られるマグラスであった。
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「にぃ、本当に行くの?」
「当たり前だろ、今がチャンスだ。ヒューマンから里を守るんだよ!」
岩陰から2人の子供が覗き込む。
視線の先にいたのは小さな切り株に座り、呆然と宙を見つめるヒューマン。頬には何かが伝った跡があり、目は少し赤かった。
「きっとアイツ、ハーヴィン兄ちゃんにやられて泣いて逃げて来たんだ。だから泣いた跡があるんだよ」
「…………でも、にぃ。あの人、なんか…………可哀想だよ」
「可哀想なもんか。見てろよ、にぃが彼奴を追っ払ってやる!」
少年は腰に下げた武器を取り出す。粗雑に削られた木の棒に石がいくつもつけられた棒だ。子供でも作ることができ、本来は小動物を仕留めたりする時に使うものである。だが人を傷つけるには十分過ぎる程だ。
「…………行くぞ!」
心配そうに見つめる妹を背に、少年は一気に飛び出した。ヒューマンの無防備な右腕目掛け、棒を振り下ろした。
「出て行けヒューマ……っ!?」
そこで少年はようやく気がついた。
ヒューマンの右手はまるで竜の甲殻の様なもので覆われていた。黒ずんだ輝きの中に赤黒い血管の様なラインが走っており、それは生きている様に脈動している。
「ひぃっ!?」
悲鳴を上げ、少年は尻餅をつく。そこでようやくヒューマン──アリウスは少年に気がついた。
「……どうした、坊主?」
「お、おま、お前! ヒューマンじゃないのか!? なんだよその手!?」
「これは…………まぁ、色々あったんだ」
アリウスは少年から視線を外し、再び宙を見上げる。
すると少年の後ろからトテトテと、少女が走ってきた。
「にぃ〜、大丈夫〜?」
「馬鹿、来るな! 危ないぞ!」
「あっ!?」
少女は小さな石に躓き、転んでしまう。すぐさま少年が駆け寄り、立ち上がらせる。
「大丈夫か!?」
「うん。……ねぇ、おにーさん」
少女は少年の手を離し、ゆっくりアリウスの元へ歩み寄る。
再び視線を向けたアリウスと、少女の視線が合った。
「…………どうした?」
「辛いことあった? ハーヴィンにぃに負けた?」
「話すな馬鹿!!」
少年がその背に少女を隠そうとするが、押しのけられてしまう。意外にも少女の力は強かった。
「どうなの?」
「…………そうだな。俺はハーヴィンに負けた。いや、戦おうともしなかった」
「そっか。おにーさん、弱虫なんだね」
「…………そうだな」
はっきりと突きつけられた言葉は、どうしようもないほど真実だった。
しかし、少女は更にこう続けた。
「私もそう。弱虫なの。弱虫同士、仲良くしよ?」
小さな手が差し伸べられる。何やら後ろで少年が必死に止めようとしているが、全て片手で制されている。
「とても弱虫には見えないな」
「ううん、私は弱虫だよ。ほら見て」
少女は自らが差し伸べた手を指差す。
微かに震えていた。
「まだちょっと、怖い」
「じゃあ何で話しかけた? 放っておけば何もしないぞ」
「おにーさん、泣いてた。ハーヴィンにぃが、泣いてる人を見たら慰めてあげてって、言ってた。だから話した」
真剣な言葉。からかっているような響きは一切なかった。
幼いながら、真っ直ぐな目。先程別れを告げたドラグニティの少女と、とてもよく似ているように見えた。
「…………ふっ、あっはは。そうか……そうだな。ありがとう」
アリウスは少女に手を差し出した。大き過ぎる手の指を、少女は包むように握る。
「おにーさん、名前は?」
「アリウス。見ての通りヒューマンだ」
「私、ルリ。にぃの名前はルイ。ドラグニティ」
「か、勝手に俺の名前まで……あぁ、どうしてこうなるんだよぉ…………」
ルリは小さく微笑み、ルイは頭を抱えて苦い表情を浮かべてた。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「守り、守られて」
ちぇっ、あのヒューマン……ルリに変なことしないよう注意しなきゃな




