77ページ目 誰が為に
アリウスの背中が闇の中に消えて尚、ハーヴィンはそこから目を離せずにいた。
あれほどの殺気を並みの人間が放てるはずがない。更には微弱だが、魔力に近いものすら感じた。魔力腺を持たないヒューマンが魔力を持てるはずがないというのに。
コノハの側から離したら後は放って置くつもりだったが、あのままにしておく訳にもいかなくなった。あの力が暴走でもしたら悲劇は免れない。
と、背後から何者かが走る音が追って来た。ハーヴィンは足を止めて溜息をつき、そのまま通り過ぎようとする人物の肩を掴んだ。
「ちょ、離して!! 早く行かないとアリウスが…………って、ハーヴィン……!?」
「やっぱりお前だったか。彼奴を追ってどうする気だ?」
「どうするも何もちゃんと話し合うんだよ!!」
「話はついたように見えたが」
「……まさか、ハーヴィン……」
肩に乗せられた手を払い、コノハはハーヴィンを震える目で見つめる。
「アリウスが言ったこと、本当なの……!?」
「何を彼奴が話したのかは知らないが、俺は忠告しただけ。この選択は彼奴自身がした事だ」
「何で!? 何で……何でこんな事……」
既にコノハの目からは涙が零れ落ちていた。だが必死に堪えようとしているのか、その唇は固く結ばれている。
「ヒューマンとドラグニティは、いや、ドラグニティは他の種族と共に生きることなんて出来ない。間違いなく悲惨な結末が待ってる」
「そんな事ない! 私はアリウスとも、レンちゃんとも、フォン達やジークさんやキングさんとも、レムリアちゃんとだって! ドラグニティだってヒューマンだって、一緒に生きていく事は出来るはずだよ! ハーヴィンはそれを知らないから……」
「知らないのはお前の方だ」
ゆっくりと、絞り出されるように口から出た言葉は、コノハの喉に突き刺さったかのように言葉の続きを阻んだ。
ハーヴィンの目に浮かんでいた色は、はっきりとした憎悪の色。
「お前に共感を抱いた奴等と、お前を拒絶した奴等、どっちが多かった? そしてどっちが、俺たちドラグニティに対する世界が見る目だと思う?」
「変えられる! 私はその為に、ヒューマンだろうとドラグニティだろうと、ドラゴンとだって一緒に生きていける世界をーー」
「残念だが……コノハ1人の力じゃ、それは絶対に出来ない」
ハーヴィンははっきりと事実を突きつける。だがコノハはそれを理解していない訳がない。言い返そうとした時だった。
「誰かと一緒なら出来ると? ……無理だよ。この世界にいる全てが共存するなんて不可能なんだ。繁栄するものの陰には、必ず奪われ、衰退するものがある。いくら表向き、手を取り合っているように見えていても。俺の母親の最期を知っているなら、分かるはずだ」
「そ、れは……」
そう、コノハは忘れていた。
ハーヴィンが幼いうちに行方不明になった、彼の母の結末を。
「俺は母親が信じていた世界を、自分で見て周った。ユーラン・イルミラージュがどんな世界かを見て来た」
そしてハーヴィンはコノハの肩を掴み、言い聞かせるように告げる。
「ユーラン・イルミラージュは決して母親が信じていたような、コノハの周りを囲んでいたような、優しい世界なんかじゃあない。そんな世界は外にはない。実際に見たらきっと、お前の夢は歪むに違いない。夢は、夢のままでいいんだよ」
「…………」
「まだ、受け入れたくないって顔してるな。……昔から、芯は強い奴だ」
ほんの少しだけ目を伏せると、ハーヴィンはコノハの手を取り、優しく握った。
「コノハ。俺と一緒に、世界を知りに行こう。今の俺なら 今度こそ、この手で守ってみせる」
ーー 辛い事があったら、俺が側で守る ーー
コノハの頭の中で過去と現在の言葉がグルグルと回る。
ーー 俺は、お前を幸せに出来ない ーー
アリウスのあの顔が、言葉が、頭の中を巡る。
アリウスの幸せの為に、自分はどうするべきなのか。そして、ハーヴィンの気持ちに答えるべきなのか。
答えは既に示されている気がした。
ーー 本当に、後悔しない? ーー
頭の中に響いた問いはネフェルのものなのか、それとも自分のものなのか。
分からないまま。
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マグラスが降り立ったのは、里から少し離れた場所にある火山の火口だった。
ウアンスビィ火山。曰くユーラン・イルミラージュが創られてから今まで、1度も活動を止めたことがない活火山である。その強大なエネルギーは他の火山と違い、周辺の土地を育んで来た。だがそれと同時に、幾度とない噴火により、牙を剥いてきたこともある。
そんな火山の火口にやって来たのには理由がある。それは、この火山の主人に会う為だった。
「……イフルヴェントはいるか」
「…………誰かと思ったら。お坊ちゃんじゃないか」
幼い声がマグラスの足元から聞こえる。
下を見ると、1人の少女が冷え固まった溶岩で出来たテーブルと椅子に座り、何かの肉を頬張っていた。
髪は正に冷えたマグマのように黒く長い髪、そしてその眼は燃え滾るマグマのように赤い瞳。身にまとっている服は胸当てこそあれど、腹や腕、太腿を露出した踊り子のようなものだ。
「イブか。イフルヴェントはいないのか?」
「ご主人は溶岩浴中さ。しばらく上がってこないよ。そうだな、あと2日ってところか?」
「怠け者め……」
「で、どうしたのさお坊ちゃん。ここに来たのは確か、娘が産まれてすぐに祝福を……」
「昔話はいい」
イブはニヤニヤ笑いながら、肉を一口で頬張る。
彼女はこのウアンスビィ火山に住む火の竜に仕える巫女であり、既にマグラスよりも永く生きている。それでも見た目が若々しいのは、巫女に選ばれた理由にも関係している。
「いやいや、ご主人との契約した時を思い出したね。もうちょっと大人の身体になってからでも良かったのになー。そうすればきっとーー」
「無駄話はそこまでだ。イフルヴェントがいないのなら言伝だけでも頼みたい」
「はいはい。んで、何さ?」
話を強引に打ち切ったマグラスに頬を微かに膨らませたが、イブは快く了承した。
「ヒューマンに、竜奏士になりたい奴がいる。そいつの為に、創生樹の腕輪を作る。協力して欲しい。そう伝えてくれ」
「……創生樹の腕輪を、か」
イブの表情が厳しくなった。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「問いかけ」
おにーさん、なんか、寂しそうだね




