79ページ目 守り、守られて
ルリは自分と兄の名を紹介すると、切り株の方に身を寄せる。座る場所を空けろと言わんばかりに、アリウスの背中を叩く。
少し端に寄ると、ちょこんと座った。
「にぃも座って」
「嫌だ。俺はこいつを見張る。少しでも変な真似したら頭を引っ叩いてやる」
勇ましく武器を振りかざすルイ。そんな兄にルリは小さく溜息を吐いた。
「それで……? 何をお話しに来たんだ、こんな時間に。子供は寝る時間だぞ」
「おにーさんは、何しにここに来たの?」
アリウスの問いには答えず、ルリは質問する。かなりマイペースな子のようだ。
少々困惑したが、アリウスは続ける。
「お仕事頼まれたんだよ。この里にいた人から」
「嘘つくな!! 何でお前に頼むんだよ!?」
「俺にも分からない」
「分かんないのに来たのかよ! っていうか何で分かんないんだ! やっぱりお前嘘ついて──」
「にぃ!」
余計な口を挟むな、と言いたげにルリが頬を膨らませ、ルイを睨む。そんな妹に気圧されたのか、ルイは慌てて口を噤んだ。
しかしアリウスは、彼に視線を移して話し始めた。
「なぁ。どうしてこの里の人達は、ヒューマンのことを信用していないんだ?」
「え……そ、そりゃもちろん、悪い奴等だからだ! ご先祖様達に酷いことして、今だって俺達の事をいじめて…………それから、それから……」
意地悪な質問をした事は、アリウス自身がよく分かっていた。まだ子供には難しい。否、大人ですら正しい結論が分からない質問だ。
この里は長い間、他種族との交流を絶っているのだろう。その間で語り継がれてきた因縁だけが、こうして残っている。
「悪かったよ、難しい質問だった。……じゃあどうしたら俺のことを信じてくれる?」
「信じるもんか!」
ルイは地団駄を踏み、質問を跳ね返す。
「どんなことしたって信じてなんかやんない! だから早く帰れ!! ……なんとか言ってみろ!」
「……そうだな」
「えっ?」
あっさりルイの答えを受け入れてしまったアリウス。ルイ本人が戸惑って言葉を詰まらせる中、ルリは尋ねた。
「どうして、もっと聞かないの? どうしてー、とか、どうしたらいいのー、とか」
「それはな……」
ルリの頭を撫で、アリウスは静かに立ち上がった。
「空っぽな言葉だけじゃ伝わらないからさ。何かを成し遂げて、行動で示して……そうして初めて、言葉は重みを持つ」
「…………?」
「難しかったか? まぁ、お前達が信じてなくても、俺はただ、目の前の事やるだけだ。分かって貰えるって信じてな」
ルイにとっても、ルリにとっても、想定外の答えだった。面と向かって信じないと言われてなお、彼は自分達を、ドラグニティを信じている。
何と哀れなことか。何と虚しいことか。
「意味分かんねえ!!」
ルイが叫び、周りの小鳥達が一斉に飛び立った。
「何で、何で……お前、頭おかしいよ! 誰にも褒められないんだぞ!? 誰もお前を歓迎してないんだぞ!? 何でそんなに頑張るんだよ!! 何で信じて貰えるなんて呑気なこと言えるんだよ!?」
「そうまくし立てるな……」
アリウスは木に立てかけていた鍬を手に取り、土を混ぜ始める。
手伝おうとしたのか、ルリはスコップに手を伸ばそうとする。しかし自身の体程もある農具は、ルリがいくら力を入れても持ち上げられなかった。ひっくり返りそうになる身体を、ルイが慌てて支える。
「俺の事を信じてくれる奴がいたから、俺は信じられるんだ。…………あぁ、だから、彼奴には幸せになって欲しいんだ。コノハ……俺は…………」
意識が再び現実から離れようとした時だった。
遠方から響くけたたましい鳴き声が、アリウスの意識を連れ戻した。
「……? この鳴き声は……!?」
「鳴き声……?」
「聞こえねぇよ。大体こんな時間に何がいるって……」
ルイとルリは気がついていない。しかしアリウスの耳は迫り来る叫びをはっきりと捉えていた。
獲物に飢えた声。相当腹を空かせているのか。
「……ハーピィワイバーンが来る!?」
その頃には、ルリとルイの耳にも届いていた。
大袈裟に喚き散らす鳴き声、腐肉のような悪臭、爛々と光る赤い瞳が大量に降り注いだ。
「きゃあっ!?」
「うわぁっ!? 何、何っ!?」
ハーピィワイバーンは2人の肩を掴み、空へと連れ去ろうとする。
咄嗟に駆け出したアリウスは、何とかルリの足首を掴む事が出来た。ハーピィワイバーンは対抗して引っ張り上げようとするが、逆に羽織っていた上着が破け、獲物を逃す結果となった。
「おにーさん、にぃが、にぃが!!」
ルリを小脇に抱え、アリウスはルイの元へ走る。次々と襲い来る嘴と蹴爪を躱し、空へと連れ去られるルイめがけて跳躍した。ルイも必死に手を伸ばす。
しかしその手は、僅かにルイの指を掠めだけだった。そのままアリウスの身体は下へ、ルイの身体は上へと引きずりこまれていく。
「わぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!?」
悲鳴が明け始めた夜空に響き、そして消えていった。ハーピィワイバーン達はそれを追うように、また空へと飛び去って行く。
「どうしよう、どうしよう! にぃ、にぃ!!」
泣きながら兄を呼ぶルリ。しかし当然ながら、ハーピィワイバーンがルイを返す事はない。
貴重な獲物であり、その骨まで喰らうのだから。
「やだぁぁぁ!! にぃが死んじゃうよぉっ!!」
「…………ルリ、帰ってみんなにこの事を伝えろ」
「え……?」
ルリが顔を上げると、そこには夜空を睨むアリウスの背があった。
背中に悪寒が走る。
「おにーさんは……?」
「追いかける。心配するな、必ず助けるから」
「でも、もうみんな寝ちゃってるか──」
「いいから早く行くんだ!! 怒られるのが嫌なら俺のせいにしろ! 早く!!」
「っ!!」
張り上げられた声に驚き、ルリの足は自然と走り出していた。
それと同時にアリウスも走り出す。
「お前なら…………追いつけるのか…………?」
── あァ。そんなニあノ童を救いタイか ──
「……力を貸せ」
── 自ら望ムトは。どうやらホントウに焦ってイルらしい ──
剣から溢れ出した黒い瘴気がアリウスの身体を包む。瞬く間に黒い甲冑を形作り、兜の隙間から紅い光が輝いた。
「ォォォォォォオオオオオッッッ!!!!」
漆黒の騎士は空へ吠え、駆け抜けて行く。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「例え誇りを捨てても」
嫌な予感がする…………彼奴か…………?




