「私の生きた道の勝ちだ」
……。
…………。
………………?
痛くない。
受けると思っていた衝撃が、いつまでたってもやってこない。
大樹は地面に激突寸前で、停まっていた。
空を見上げ、仰向けの形で、しかし背中は地面には触れないまま静止していた。
『──あの……、バカ蛇が……っ』
アカリの唸る様な声。
なにが起きたのかわからず、首だけを自分の足を見る要領で起こす。
柄が見えた。なにかの柄だ。
「……げ」
大樹の胸を剣が貫いていたのだ。
「うげえええええええッ!!」
串刺しになる形で、大樹は浮いていた。
ちょうど、バーベキューの串を地面に突き刺しても肉は落ちない、そんな調子だ。
「ちょ、ちょっと!?
なによこれ、死ぬって……あ。
痛くない」
貫通しているのに、痛みも出血も無い。
柄を掴むと、意外とするりと引き抜けた。すとんっと体が落ちる。
剣というより脇差ほどの長さで、装飾はまったく無く、柄と刃と鍔、ただそれだけ。
しかし青白く輝くその刃は、魅了されるほど美しい。
「──これ……草薙の剣?」
立ち上がり、試しに剣を構える。
先端から水滴が一滴、ぽちゃりと地面を濡らした。
『それを、渡しなさいッ!!』
「ッ!!」
土偶の猛攻。大樹は咄嗟に剣を構えた。
攻撃を加えても、俊足で避けられるが──だがやらないわけには行かない。
「うりゃあああああああ!!」
一閃。土偶の胴体に直撃し、ばごんっと相手は真っ二つになった。
「当たったっ!?」
『こんのッ!!』
だが直後に再生、大樹の後ろに回り込まれる、
……後ろに回り込むって、察知できた?
振り向き、突きを一撃。
命中する。
『そんな……ッ!』
焦るアカリの様子から、手加減しているわけではなさそうだ。
剣の力だろうか? さすが伝説の剣!!
身体が動く。さっきまでのダメージも、すっかり癒えている。
土偶の連撃。刃を翻し、難なくいなす。
『どうして動きについてこれますの!?』
アカリが悲鳴を上げた。
「え。これ剣の呪力とかじゃないの?」
『そんな力、ありませんわ!!』
「とーぜんだ」
唐突に男の声。ブギーマンが、戦場となった表参道を悠々と歩んでくる。
「その子はな、そいつを振り回すために育てられたんだぜ」
通りがかりに一言、そんな感じで言う。
「は!?」
『何を言って……』
「お前よく考えてみろよ。
その娘、オロチ神を妹分にして毎日どついてたんだぜ?
平常時にお前の泥人形なんかに遅れをとるわけないだろ?」
『──まさか』
「そーだよ。全部逆なんだ。
その子は〝力をつける為〟に剣術や鍛錬を強制されてたわけじゃない。
〝力が強すぎるから〟剣術や鍛錬で抑え込んでいたんだ。
そして草薙の剣を握ったときに、その枷が外れる仕組みになっていた。
そのまんまじゃわけのわからんものに憑かれる恐れがあったし、それだけの力があるならば、いつか喪失した神体を見つけるだろうとそこまで見込んでな。
オロチ神に出会うずっと前から、大樹は草薙の剣のために育てられていたんだよ」
『あの家は、そんな大切な子が他へ行くのを見過ごしたというの!?』
「おいおい、そこかよ。だってしょうがないじゃん、やる気無いんだもん。
実社会と厳しい生家の歪の中で、どんどん変な子に育っていくわ、映画はおろかB級ホラーなんぞにはまっちゃうわで、もう本人の意思を尊重するしかなかったんだよ」
『なんて愚かしい……ッ』
「よく言うぜ。〝須藤大樹はもう不要〟なんて見誤ってたくせに」
『く……ッ』
「……なによそれ」
二人の問答の中、大樹は剣を見つめ、項垂れた。
「結局、なにもかもあいつらの思う壺かよ」
「そうだ。それも、あんたの生きた道だ」
大樹は頷き、正面を見据えた。
「いいね。
──じゃ、俺は向こうでまってるから」
ブギーマンは再び表参道を進む。
が、ふと振り返り、
「あー、できれば急いでね。葵ちゃん、今大変なことになってるから」
と告げて去っていった。
大樹はアカリの土偶と再び対峙する。
「タダで通してくれる気はないわよね」
『当然。力の有無は関係ありませんわ。
名古屋を護る気のない人間に、それを預けておくわけにはいきません』
がちゃりっと土偶が歩み始める。
『安易に勝てると思わないでくださいまし』
そうだろうな。奴にはまだ、再生能力が残されている。──だが、私の生きた道に、手段は必ずある。
大樹はういろうを咥えた。
土偶が駆け出す……正面攻撃だ。
迎え撃つ大樹は、腰をかがめ、相手の脚部を狙って一撃ッ!!
『何度やっても無駄ですわッ!!』
相手は脚部を砕かれよろめくが、すぐさま再生を始める。
そして一瞬で完治。
背後から再び大樹を──、
ぐらり。
立とうとした土偶が、またよろめく。
足が折れ、再生、しかしまた、
ぐらり。
『なんですの……?』
何度も何度も試すが、土偶は無様によろけ続けるだけで、一向に復帰しない。
『脚に、トリモチのような異物が。
……────まさか!』
「ああ、最後の一個だ。大事に食えよ」
『う、い、ろ、うですってぇぇぇぇぇっ!?』
ういろうを脚にねじ込まれた土偶は、再生しようにも粘度に阻まれ、歩くたびに患部が砕けてしまう。片足では、さすがに満足に戦えないだろう。
──最後のういろうだったがまあいい。
名古屋が在り続ければまた食べられるのだから、かまうもんか。
『た……たかがういろうなんかに……っ』
「そのたかがういろうで、私と葵は友達になったのよ」
『……ッ』
「ここ、通るよ」
そう宣言して、大樹は先に進む。
「私の生きた道の勝ちだ」
大樹が鳥居を潜るのを、アカリが阻むことは無かった。




