〝選ぶ〟とはこんなに厳しいものなのか。
鳥居を潜ると、木々に囲まれ悠然とした視界がぱっと開け、神々しい建屋が現れる。
巨大な拝殿と瑞垣だ。
以外にも真新しい印象を受けるそれは、古くは尾張特有の建築方式だったが、明治から伊勢神宮の造りに近いものに変わったという。その圧倒的な造りから、ここが本宮と思われがちだが、あくまでも一般の参拝客が拝礼するための建屋だ。
実際の本宮は外玉垣御門の向こうにある。
パチパチパチパチ……。
拝殿から、拍手をして誰かがやってきた。
ブギーマンだ。冠に黒袍、白奴袴。すべて神主の正装だ。
「いやあ、よくここまできたね」
「葵はどこ!? 無事なんでしょうね!?」
「それがそうでもないんだよね」
「葵ちゃんはお姉さまにその剣を届けるために、最後の手段を使いました」
鳥居からクロが現れて言った。
「最後の手段?」
「神の力を使い果たしている葵に残された、最後の手段」
次にシロが現れた。しめ縄で拘束されたカフイを連行している。
「それはね、神様であることを辞めるってことなの」
サクラさんだ。チェーンソーを持ったチャーを連れている。
「……そうすると……どうなるの?」
『単刀直入にいいますわ』
今度はアカリだ。
『葵はあなたのため、ヤマタノオロチに戻ることを選んだのですわ』
境内に霧が立ち込めてきた。栄地下と同じ現象だ。
バキリ……バキリ……ッ!
御門の向こうから、何かを突き破る音がする。
それを示してチャーが言った。
「出てくる」
「キ────────ッ!!」
甲高い鳴き声を纏い、一匹の大蛇が砲弾の如く天を目指す。
立ち込めていた霧は大蛇を追い、雷雲となって空に張りめぐらされる。
大蛇が飛んでいった直後、どこかで、ずどーんとなにかが落下する音がした。
「市街に行った」
シロが言う。
『理性を完全に失ってますわ。あれは、もはやただの大蛇』
アカリが呟く。
「なんだよなんだよ!
みんながあれこれ勝手するから、こんなことになっちゃったじゃないか!」
「あんたは黙ってなさい」
喚いたカフイを、クロが拳で静止した。
「お前のせいだ……ッ!!」
唸る声が響く。
全員がそちらに注目する。駐車してあった赤いミニバンが宙に浮いた。
ユズだ。ユズが鬼の形相で車を持ち上げているのだ。
「う、うわわわ!」「あらー」
「ユズちゃんまって!!」『あのおバカッ!!』
「お前のせいで葵はあんなふうになったんだあああああああああッ!!」
それそれがそれぞれ悲鳴をあげる最中へ、ユズは容赦なく車をぶん投げてきた。
クモの子を散らすように全員が大樹から逃げる。
大樹は跳ねると、車の上に飛び乗り、再び跳躍してユズの正面に向かう。
轟音をたてて車は建屋にめりこむ。
そのころには大樹がユズの喉に切っ先を突きつけていた。
「私のせいじゃない」
「なんだと……ッ」
「私と葵。二人の結果だ」
「……ッ!!」
『結構ですわ』
そこにアカリが歩み寄ってきた。
『では、責任は取るおつもりですのね?』
「私に出来ることがあるの?」
『ええ。あなたほどの力があれば、クシナダヒメの代わりも務まるでしょう』
「そんなのダメ!!」
「ないない、そんな案無しだよ!」
クロとカフイが割って入ってきた。
「お姉さまに、生贄になれっていうの!?」
「そうだよ。葵ちゃんを完全に封印しちゃったら、ボク達まで消えちゃうじゃないか」
『お黙りなさい!!』
アカリが一喝し、二人は竦み上がった。
『事はすでに名古屋を残すなんてレベルを超えているのですわ!
このままでは、大蛇は日本そのものを食い荒らすかもしれないのですよ!?』
「うーんとね」
ふらっふらっとサクラさんがやってくる。
「それはやっぱり、大樹ちゃんが自分で決めることなんじゃないかな?」
『あなたはいつも楽観し過ぎですわ!』
「大丈夫だよ。葵ちゃんが名古屋をダメにしちゃっても、出雲が動くからきっとなんとかなるよ。大樹ちゃんが良いって言うなら、葵ちゃんを封印してもいいかもしれない。
大樹ちゃんを助けるために葵ちゃんが選んだ結果なら、決めるのは大樹ちゃんだよ。
でもねー、なんとなくね」
「葵を救えるとしたら、それもスドウタイキしかいない」
「あー、シロちゃん、またいいとこ取りずるいんだ」
ぎゅっとサクラさんがシロの頬を抓るが、やっぱりシロは真顔のままだ。
『その根拠は?』
「ないよ?
でもたぶん大丈夫だよ。ねー?」
「ばーうー♪」
『あーもーッ! もうしりませんわ!!
勝手になさい!!』
ついにアカリはそっぽ向いてしまった。
「だってさ。……大樹ちゃん、どうする?」
「……どうするって……」
最も確実な方法は、大樹が葵を封印する事だろう。
名古屋を護ることは出来ないが、被害を最小限に食い止められる。
転じて、葵を救うという選択は、もう希望でしかない。
手段は誰も述べていないし、失敗すれば、名古屋消滅どころの騒ぎじゃないだろう。
「それを私に選べって言うの……?」
名古屋と共に死ぬか、名古屋の生き残りに賭けるか。
〝選ぶ〟とはこんなに厳しいものなのか。
こんなことなら、実家に言われたまま従ってきたほうがずっと楽じゃないか。
……どのみちダメなら……
もう、いっそ……。
大樹は窮地に立たされ、一気に萎えてしまっていた。
「…………お願い…………」
誰かが言った。
ユズだ。強情なユズが、涙を流していた。
「……お願い、葵を救ってあげて……。
あの子は……あの子と名古屋は、私達みんながずっと見守ってきたの」
「…………」
「お願いしますッ!
あの子を、葵を……助けて!!」
ユズに懇願されて、大樹はなお臆した。
救えって、救い方も成功するかもわからないのに、どうしろっていうんだ。
「頭なんか下げないで」
「え……?」
それでも、いまさら逃げられるか。
東京に行くことを決めたときから、これが私の〝選んだ道〟だ。
「うまくいくなんていわないけど、やってみるよ」
「よぉし、決まりだな」
傍観していたブギーマンが突然出てきて、発光し、空へ登る。
そして代わりに一匹の巨大な白鳥が降臨して来た。
「乗りな!
葵ちゃんのところまで連れてってやる」
白鳥が言った。
白鳥に変化する、様々な人格を持つ武人……大樹はそこでやっと気づいた。
「ねえ、……あんたの正体って」
「ああ、うん。いろいろ名乗ってきたけど」
大樹を載せ、白鳥はコゥーっと鳴き空を舞う。
「ヤマトタケルっていうのが一番有名かな」




