私の恋(愛海視点)
紅牙君に出会ったのは、精霊騎士団に入団した頃だった。
朱色の髪と瞳は一際目を引くし、前向きで明るいのに冷静な面もある。
低くも高くもない身長であることを気にしているようだけど、そんなのは惹かれてしまえば関係なくて。
咲に誠実さが欲しいところだと言われてしまっていたけれど、私はそれでもいいと思う。
それほどまでに、素敵だったんだ。
けれど、私が彼の隣に立つには、越えなければならない人がいる。
闇精霊の契約者ばかりを集めた十六夜班の班長である燎。
彼女は紅牙君と涙君の幼馴染で私とも同期。
認めたくはないけれど、紅牙君にとっての想い人。
彼を見つめていた私が思うんだから、きっと間違いないはず。
私が班長になったと同時に、燎も十六夜班の班長になった。
寮も2班が一緒に使うことになってしまった。
紅牙君が燎を好きだと確信したのは、初めての交流会に参加した日だった。
私は班長としての挨拶を終えた後に紅牙君と話をしていた。
彼はお酒を飲むのがそこそこ好きだし酔いにくいと言っていたから、少し血色はよかったけれど、けろりとした顔で緊張していた私と他愛のない話をしてくれていた。
だけど、彼の表情が突然、一瞬だけ露骨に変わった。
「…どうしたの?」
「え、ああ、いや。何でもないよ」
元の表情を取り繕っていたけれど、眉間には皺が寄せられている。
適当に会話を切って、何を見ていたのか探してみると、そこには他の騎士と喋っている燎がいた。
お酒が回っている先輩騎士たちは新米班長である燎に班長の立ち回り方や上手くやっていく方法をレクチャーしていて、燎も時々入るおふざけに茶々を入れたりして、話を楽しんでいた。
そうこうしているうちに話が終わったのか、彼女が一人で会場の壁に寄った。
「あ…」
紅牙君が、すかさず燎に近づいて行った。
私は悪いと思いながら、耳を傾けて、後悔することになる。
「さっきの騎士と何話してたんだよ」
「何って…班長になったから挨拶したら、いろいろ教えてくれただけだけど…」
「ふぅん。その割に楽しそうだったじゃん」
「そりゃ、まぁ…場を和ませてくれてたし…って紅牙酔ってる?」
「なんで?」
「酔うと紅牙、急に子供っぽくなるから。水飲む?」
「…いらない」
むす、とした顔で燎の横に立って、壁に寄りかかる。
なんだか可愛いなと思ったけど、次の瞬間には背筋が凍った。
「…ちょっ、ご飯食べれないんだけど」
「燎ってこんなに手小さかったっけ?」
「…話を聞こう?」
燎の手と自分の手を合わせたり、握ったり。
その後も紅牙君は燎の側を離れようとしなくて、どろどろとした何かが少しずつ顔を出すようになっていった。
―燎への嫉妬。
その感情は日を追うごとに増していった。
同じ班長なのに、まだ先輩騎士である浅葱さんたちに頼る私と、率先して私の双子の姉である陽たちを率いる燎。
強盗事件の犯人の目星をつけ、特定作戦の基礎を考えたのは燎だった。
私はその犯人を捕まえるための責任者になったものの、作戦なんて思い浮かんでいなかった。
御前試合の時だって、無茶だと思う、と苦笑した嵐君に燎を最初に倒してしまえば指揮をする人間がいなくなる、ともっともらしい理由をつけて燎を倒してもらおうとした。
結局は、燎は最後まで残って、私が倒されてしまったけれど。
紅牙君が陽炎で中距離から後衛を倒してくれた時も、あとあと聞けば燎の術の効果が残っていたのを利用したと言っていて、そこにまで嫉妬心を覚えて。
決勝前に、賭博をしていた一般騎士に絡まれた時。
私を庇ってくれた燎に、私は一生勝てないんじゃないかと思った。
観客席に行ったものの紅牙君はいなくて、彼が来た時、どこに行っていたか聞くと、珍しく機嫌の悪さがみえみえで、別に、と目をそらされた。
もう、黙ってなんていられなかった。
卑怯なのも、私にそんなことする権利もないのは分かっていたけれど、燎に“お願い”をした。
戸惑った顔をした燎を置いて、ミーティングルームを出ると、冷たい目の陽。
「…愛海、私だけじゃなく、燎にまで我慢させるつもり?」
頷けば風の精霊を暴発させかねないような殺気を向けてくる陽から逃げるように私は立ち去った。
…自己嫌悪だってしてる。
勝手な言い草だっていうのも分かってる。
でも、好きなんだからしょうがないじゃない。
…しょうが…ないんだよね…?