第63話 決着
「友人のことはもうとっくの昔に――」
三明さんの方を見る。こっちの意図が伝わったのかは分からない。けど、小さく頷いてくれた。
「いいえ、違います。最初の許嫁様のことです」
空気が止まった気がした。長い沈黙。誰も、話そうとしない。
「…………誰から聞いた」
それは、自分がよく分かっているだろう。三明さんから聞いてようやく分かった情報なのだから。
「それは、ご自身がよく分かっているんじゃないんですか」
「…………三明か」
三明さんは、下を向いている。もう、感情を隠せていない。
「本当に犠牲なら、とっくに忘れてるんじゃないんですか?」
「…………」
忘れてないなら、今でも後悔している何よりの証拠。
「一城様も、失う苦しみを知られているんですから」
「…………私のことを否定しに来たのか?」
「違います」
即答だった。いや、即答できる。
「俺たちは、一城様を否定にも、怒りにも来ていません。むしろ、凄いお方だと思います」
こっちを向いた。最初とほぼ同じだった。けど、どこか違う。
「…………だからこそ、私たちは分からないんです。伝統を優先する理由が」
「…………どういうことだ」
「その伝統を優先して、本当に一から十まで苦しさを味わず幸せになった人は、1人でもいるんですか?」
手に爪が食い込む。きっと、そんな人は居ない。だって、何かしらを犠牲にしているだろうから。
「…………一城様は、偉大な方だと私も思います。だからこそ、部外者ですが改革すべきだと思います」
葵音は、唇を噛んでいた。それと、昔からクセの、手を握ったり開いたりする動作。
「一城様が、許嫁様、ご友人を大切にしたように、俺も、家族、幼馴染、友達の全部が大切です。でも、俺にとっては誰も犠牲者じゃありません。守りたい…………いや、守らないといけない人たちなんです」
土下座をした。したくないと思っていた。けど、する気になれた。俺と同じだったから。
この土下座の意味は、伝わっているはず。
「私からも、お願いします!!」
長い沈黙。考え込んでいるのだろうか。
「…………顔を上げろ」
黙って、顔を上げる。完全に顔が違う。無表情じゃない。
「…………君たちが言ったように、後悔の連続だった。友人と仲良くなったと思えば、厳しい父にすぐ縁を切られ、そのうち誰も近付かなくなった。それはまだ良かった。しかし、許嫁は違う。本当の恋をしてしまった。それが続けば、こんな性格になっていないだろう。しかし、続かなかった。相手の親戚に、城洛大学の教授がいることが分かった。しかも、ろくに働かず父ともう一人の候補者との権力争いの際に、相手側に付いた」
権力争い…………完全に大人のせいだ。
「それが分かったのが、高校の入学式の日だった。雨の中、何度も名前を叫んだのを覚えている。今でも忘れることが出来ない」
入学式…………俺たちは、写真を撮って、昼ご飯も食べた。なんでも無い日常だと思ってた。けど、そうじゃない人もいる。
「三明から聞いているかもしれないが、その日から心を閉ざした。その間、いつも通り人間関係が、変わっていた。だが、それは思い出せないほど、味気なければ、心を開けなかった」
「…………だったら、俺たちのことも分かるんじゃないんですか?」
「分かっている…………だが、伝統も大切だ。父も守ってきた、この伝統を」
形は違えど、家族も友人も大切…………。
「…………君たちは、このようになるな。今から、改めて条件を伝える」
喉に、唾がつっかえる。息が出来なくなりそうだった。
「この邸宅に住むこと。…………以上」
「え、それだけですか…………?」
「ああ、それだけだ。君のおじいさんには、こちらから伝えておく」
立とうにも、膝が震えて立てない。息も絶え絶えだ。
全身が震えている。もちろん、声も出せない。
…………葵音も、家族も、失わなくていいんだ。
実感がない。いつも通り、隣に葵音が居るはずなのに。
「「…………やったー!!」」




