第62話 論理と過去
「咲翔様、葵音様、どうぞこちらへ」
昨日は寝れなかった。緊張だろう。
――もし、失敗してもっと厳しい条件を突きつけられたら
――受け入れてもらえなくて、どちらかを失わないといけなくなったら
そう思うと、足がすくむ。何回も作戦を脳内で復唱した。相手は、権力者みたいなもの。けど、同時に人間でもある。
だから、分かってくれるはず。いや、無理やりにでも分からせる。
隣の葵音を見る。表情が固い。心無しか、泣きそうにも見える。けど、逃げるつもりも無さそうだった。
「…………咲翔様、葵音様、ご武運を」
――コンコンコン
「一城様、お時間よろしいでしょうか」
「構わん。入れ」
1週間前にも見た顔。無表情だ。そのうえ、威圧感もすごい。
もし、町中で会っていたら、咄嗟に道を譲るだろう。
「お時間いただき、ありがとうございます」
「隣の子は誰だ?」
「私の幼馴染です。小学生の頃から一緒です」
「そうか」
まずは、論理的に反論してみよう。
「条件のことで参りました。よろしいでしょうか」
「構わん」
「では…………、城洛大学が歴史ある名門大学なのは重々承知です。その学長ともなれば、威厳を保たないといけないことも承知です。ですが、時代は変わりました。邸宅に住むような、閉鎖的な制度では、大学のイメージ低下にも繋がりかねません。許嫁に関してもそうです。あくまで、身内のことですが、どこから情報が漏れるか分かりません」
「それだけか?」
…………動揺していない。論理的でもダメなのか?
「…………一城様も、過去に私と同じ思いをされたのではないですか?」
「だからなんだ」
少し、体が動いた気がする。…………多分。
「先週も言っただろう。この世は犠牲の上に成り立っている。もし、君らが悲劇と言うなら、それが犠牲なだけだ」
「…………違います」
「何がだ」
「犠牲の上に成り立っているのは分かってます。大学の威厳を保つために、色々な条件を設定するのはおかしなことでありません。けど、一城様はその条件で苦しみを感じたんじゃないんですか。…………大切な人を失う苦しみを」
「それはもう過去のことだ。今更、変えることは出来ない。だから、大学の威厳を保つのに尽力するだけだ」
こっちを向いてくれない。表情が分からない。
「…………本当に、良かったんですか」
「過去のことは過去のこと。今更、変える気は無い」
「…………だったら、なんで過去のことを覚えてるんですか」




