第36話 痛み
「…………」
咲翔は、黙って目を逸らす。
作戦会議の時と同じ逸らし方。
「仲直りしたから言いたくないけど、文化祭の前日だってそう。最近、おかしいって」
疑いも、怒りもない、ただ悲しそうな眼差し。作戦会議の時とは違う。
「…………言えん」
「…………私、咲翔が理由言ってくれるの待ってるから」
咲翔の家の前から離れる。その背中は、どこか頼ましくもあり、悲しくもあった。
「…………ただいま」
家族の関係は変わらない。だが、最近の空気は明らかに変わっていた。千夏と雅史が会話を交わすことは稀、唯一普通にしようとするのは咲翔だけであった。
「…………選挙はどうだったの?咲翔」
リビングにいたのは、母さんだけだった。
父さんとおじいちゃんは、職場なのだろう。
「とりあえずは…………葵音も協力してくれた」
選挙に出馬するのは、家族全員が知っている。だが、その全容を知るのは、葵音だけだった。
「そうなのね。葵音ちゃんが…………無理して出馬したんでしょ?」
無理していることは、葵音にすら言っていない。
隠していたのに、葵音にも母さんにも見透かされた。
「…………なんで、分かったん?」
「報告してくれたときから、分かってた。本当に興味がある目じゃないって」
「…………さすが、母さん」
「咲翔…………前も言ったけど、あなたの人生はあなたのもの。だから、誰にも遠慮せずに生きなさい」
誰にも遠慮しない。その言葉に、責める意味は何も無い。ただ、俺のことを思ってくれている言葉。けど、どこか引っかかる。
「…………分かった。勉強してくる」
「無理したらダメよ」
「……うん」
自室の扉を開ける。最近、鋼鉄の扉のようだ。
ただの木製の扉。音も木製。
けど、木製とは信じがたい。
隠しきれてなかったんやな…………。もうこれ以上、悲しませないようにしようって、思ったのに…………。
本当にどうしよ…………言ったら、さらに悲しませる。
けど、言わないと、葵音の気持ちを踏みにじるのも事実…………。
どうしたらええねん!!
掻きむしった。ただただ、頭を掻きむしる。
爪が頭皮に当たる感覚だけがあった。けど、痛みなんぞ一ミリも感じない。
はぁ…………。




