30話 答え 30-1
凪の武尊は、凛の武尊によってそっと地上へと降ろされた。
「凪くん!」
凛は自身のコックピットから勢いよく飛び降りると、凪の武尊のハッチへと必死に駆け寄った。
パイロットスーツ越しにも、装甲が触れられないほどの高温になっていることが伝わってくる。
(武尊のボディが、こんなに熱くなってるなんて……。お願い、凪くん、無事でいて……!)
凛が祈るような思いでハッチの外部強制開放スイッチを押し込むと、凄まじい音を立てて、内部に籠もっていた熱気が、白い蒸気とともに一気に噴き出した。
「凪くん!」
凛が視界を遮る蒸気の向こう、コックピットの中を必死に覗き込む。
そこには、あまりの熱気にやられた凪が、意識を失いかけるほどぐったりとした様子でシートに横たわっていた。
凛はコックピットへ滑り込み、凪のヘルメットのロックを外して急いで脱がせた。
「はぁ……っ! はぁ……!」
凪は、ようやく生きた心地がしたとばかりに、飢えたように周囲の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
ヘルメットを脱いだ瞬間、ハッチの向こうから入り込んできた夜の山道の冷たい外気を感じて、限界まで強張っていた凪の顔が、わずかに緩んでいく。
凛は溢れ出る凪の汗を自分のハンカチで乱暴に拭いながら、必死に彼の安否を確認した。
「凪くん! 大丈夫!?」
凪は苦しげに呻きながらも、ゆっくりと目を開いた。
「り、ん……さん……」
その声を聞いた瞬間、凛は全身の力が抜けたように、コンソールの端にすとんと尻もちをついた。目元にじわりと涙が浮かぶ。
「良かった……! 本当に良かった……!」
「くっ……。すまない、戦況は……?」
凪は震える手で常備されていた水分を一息に飲み干すと、喉を潤し、強引に身体を起こしてシートに座り直す。
しかし、前を見据える視界が歪んで、操縦桿を握ろうとする手に力が入らない。
「ダメ!みんなが奴の気を引いてくれてるから」
凛がハッチの外を指さす。
外からは、茜や豪隊長たちが放つ激しい銃撃の音と、それに応戦する純粋種・焔が放つ、大気を爆裂させるような業火の轟音が、地鳴りを伴って絶え間なくコックピットの鉄壁を震わせていた。
◇
くっ……! 焔……っ」
凪は今にも途切れそうな意識を必死につなぎ止め、歪む視界の向こうにある外の世界を見据えた。
外部から響き渡る、鼓膜を震わせる戦闘の轟音。再び操縦桿を握ろうとする手が、情けなくも震えていることに気づき、凪は思わず自嘲気味に笑う。
「焔を救わなきゃいけないって時に……! 何やってんだ、俺は……!」
「その『焔』って、あの純粋種の中にいる人のこと……?」
凛が、苦しげに悶える凪の様子を心配そうに見つめながら、その顔を覗き込んできた。
「そう……」
凪は力なく項垂れて、言葉を絞り出した。
自らあの禍々しい純粋種の中へと取り込まれていった焔 。
あの大穴での事変から二年の歳月を経て、かつての親友に一体どういった変化があったのか、凪の胸中には疑問だけが黒く渦巻いていた。
「……お友達なの?」
凛のその静かな質問に、凪は思わず眉間に深く皺を寄せた。
彼らの関係は、そう一言で片付けられるほど単純なものではなかったからだ。
「友達といえば、友達か……いや、幼馴染かな」
澪のもとで、子供の頃に一緒に笑い、一緒に遊び、共に育った大切な家族のような存在。
けれど、あの日を境にすべてが狂ってしまった。あの時からの焔の心の変化さえ、今の凪はまだ何一つ聞けていないのだ。
「じゃあ……『答え』って何?」
凛のその唐突な質問に一瞬困惑したが、凪の脳裏は、先ほどまで純粋種・焔が狂ったように繰り返していたあの言葉へとすぐに繋がった。
「分からないんだ……」
その“答え”を見つけることこそが、焔をあの化け物から救い出す唯一のきっかけになることは、直感的に分かっている。
しかし、その答えの正体が何なのかが、今の凪にはどうしても分からなかった。
「……凪くんの幼馴染の焔くん、その『答え』という言葉に、ずっと縛られてるんだと思う」
凛は、怯える自分を奮い立たせるように、優しく凪を諭すように言った。
かつて怪獣に取り込まれた凛は、「答え」を求めて苦しむ焔の歪んだ精神性に、誰よりも早く気づいた。だからこその言葉だった。
(今、焔は答えに執着している……)
凪は、これまでに自分が戦ってきた数々の怪獣戦の記憶を必死に手繰り寄せる。
だが、今まで「正解の答え」があったから救えた怪獣なんて、一度もなかったことに気づく。いつだって泥を啜りながら、相手にぶつかっていったはずだ。
(焔が今、何に迷っているのかは分からない……)
御母様のことか、それとも大岩になった澪のことか。想像することならいくらでもできる。しかし——。
(今、俺の口からあいつに言えることは……一つだけだ!)
凪は、まだ震えの止まらない両腕に渾身の力を込め、操縦桿を力強く握りしめた。
「凛さん、ありがとう! ……俺、行くよ!」
凪は、心配そうに見つめる凛に向かって、弾けるような力一杯の笑顔を向けた。
その笑顔は、あからさまな痩せ我慢だった。遮熱装甲を超えた熱気に晒され続けた肉体は、本当はまだ満足に動かせるような状態ではない。
(だけど……あいつに、伝えなきゃいけないことがあるんだ)
凪の強い眼差しに押され、凛は小さく頷いてコックピットの外へと出ていった。
凛がタラップを降り、完全に安全圏へと離脱したのを確認した瞬間、再び前を向き、限界までメインスラスターのペダルを踏み込んだ。
背部バーニアが再び猛烈な火を噴き、武尊の巨躯を夜空へと力強く飛び上がらせた。
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