29話 再会 29-4
純粋種・焔が静かに息を吐き出すと、裂けた口の両端から高熱の白煙がゆらりと立ち昇った。
凪のスピーカーからの叫びが激しく響き渡ったその一瞬、巨獣が微かに反応を示した、そんな気がした。
だが、本当に反応を示したかなど、今の凪にとってはどちらでもよかった。
凪は喉を震わせ、さらに続けて言葉を紡いでいく。
「焔! お前は俺に、一体何を伝えたいんだ!」
フットペダルを踏み込み、静かに白煙を吐き続ける怪獣の巨大な顔へと、凪の武尊はあえて距離を詰めていく。
「分かるように教えてくれ!」
凪の必死の言葉が届いているのかは、不気味に微動だにしない純粋種・焔の顔からは読み取れない。
しかし、凪は諦めずに語りかけ続ける。
「焔……お前は……」
その時、純粋種・焔が突如として深くしゃがみ込み、その巨体を獰猛に翻した。
予測不可能なその機動に、凪は咄嗟にペダルを底まで踏み込み、武尊を上空へ向けて飛び上がらせる。
直後、横目に映ったのは、猛烈な速度で自機の足元を掠めていった巨大な尻尾だった。空気が爆ぜる音がコックピットを震わせる。
「焔!」
凪の口から、悲痛な叫びが上がった。
(……俺の声は、もうあいつには届かないのか……!)
地響きを立てて体を起き上がらせた純粋種・焔は、空中の凪へと再びその赤い目を向けた。
「コタエ……ナギ……」
「答え……?」
凪は空中にとどまり、純粋種・焔を真っ直ぐに見据えながら、その言葉をオウム返しにするしかなかった。
(さっきからあいつが言っている……『答え』って、一体何なんだ?)
凪が思考を巡らせる暇もなく、純粋種・焔が大気を一気に吸い込んだ。
体内の炎袋へと大量の空気が吸い込まれ、内部のエネルギーが急激に膨れ上がっていく。
「何をする気だ……?」
その瞬間、コックピット内に最大級の警戒アラートが鳴り響いた。
メインモニターに映し出された数値は、周囲の大気温度が異常な速度で急上昇していることを示している。
直後、大地を引き裂いて、凪の武尊の真下から巨大な炎の渦が火柱となって天へと噴き上がった。
「くっ……!」
凪は咄嗟に、飛び上がった状態の武尊の全出力を地上へと向け、光を纏う草薙の剣を振り下ろして、その迫り来る炎の渦を真っ二つに斬り裂いた。
だが、斬っても斬っても、下から噴き上がる炎の渦の勢いは一向に止まらない。
遮熱装甲を超えて、コックピットの中の温度がみるみるうちに急上昇していく。
熱風が充満し、まともに息をすることすらできない。
「ほ……焔……!」
苦しげに喘ぎながら、凪は操縦桿にしがみつく。
「コタエ……」
狂暴な炎の暴風の向こう側から、まるで壊れた機械のように、焔の掠れた呟きが再び繰り返されるのだった。
◇
「答え……?」
凛は通信機から聞こえた凪の声に、思わずオウム返ししていた。
そして、激しいノイズの向こうから、あの炎の純粋種が壊れた機械のように繰り返す『コタエ……』という歪んだ声が、凛の耳にも届いた気がした。
並走して凪のもとへ急行している茜から通信が入り、メインモニターの小ウインドウに茜の顔が映し出される。
『凛……? 何か気になることがあるの?』
その茜の問いかけに、凛は苦しげに顔を曇らせた。
「私が……あの時、怪獣に取り込まれたとき……」
凛は、二度と思い出したくもなかった二年前のあの夜のことを、必死に手繰り寄せていた。
「私は、怒りに飲まれてた。選定に負けた不甲斐なさと、選ばれた茜に対しての……醜い怒り。
だから怪獣は、その怒りをエネルギーにして暴れた」
凛はきつく唇を噛む。
あの時、心の隙間を突かれて怪獣に取り込まれた自分を支配していたのは、間違いなく狂暴な“怒り”の感情だった。
「あの純粋種の中の人は『答え』に固執してるんじゃないかって……」
凛自身、まだ確信が持てない。
しかし、一度でも怪獣に取り込まれ、その精神の深淵を見た者だからこそ、直感的に気づける異変がそこにはあった。
『そうかもしれない……』
通信の向こうで、茜もあの日の凛の憎悪に満ちた顔を思い出していた。
そして、あの暗闇の戦火の中で、二人で必死に交わした言葉の数々も——。
しばらくの間、急行する二機の武尊の間に、重苦しい沈黙が流れた。
しかし、その静寂は、スピーカーから響き渡った凪の悲痛な叫びによって無残にかき消された。
『ぐあああああ——っ!!』
「……っ!」
二人は弾かれたように顔をあげる。
前方の視界が開けた瞬間、メインモニターに映し出されたのは、激しく噴き上がる巨大な炎の渦に包まれ、赤くなっていく凪の武尊の姿だった。
「凪——っ!!」
凛と茜の叫びが重なり、二機は限界を超えてバーニアを吹かした。
◇
激しく噴き上がる炎の渦を必死に食い止めていた草薙の剣が、圧倒的な熱量の前に弾き飛ばされた。
その直後、抑え込まれていた炎の渦が一気に爆発的な勢いで噴き上がり、凪の武尊の全身を無慈悲に呑み込んだ。
「ぐああああ!……かはっ!」
叫び声をあげるが、それすらも熱風に掻き消される。コックピット内の温度が異常な速度で急上昇し、全身から噴き出す汗が肌の上で瞬時に蒸発していく。
(息ができない……意識が……飛びそうだ……)
凪は操縦桿にしがみつき、薄れゆく意識を必死に繋ぎ止めようとするが、あまりの高温に脳が強制的にシャットダウンされそうになる。
その時だった。
『凪!!』
炎の渦の真っ只中にいて、視界は真っ赤に染まり何も見えない。
耳を裂く轟音のせいで、本来なら何も聞こえないはずだった。
しかし、そんな極限の遮絶の中で、確かに仲間の声が聞こえた気がした。
「み、んな……」
その言葉に応えるように、紅蓮の戦場へ次々と仲間たちが飛び込んでくる。
戦線に復帰した茜の武尊が、その高い機動力を生かして純粋種・焔の側面に回り込み、大型マシンガンを狂ったように撃ち込んでいく。
さらに、急場で応急処置を済ませたレイの武尊が、動かない右脚を大地に固定して強固な砲台となり、超長距離から精密なスナイパーライフルの光線を撃ち込んだ。
そして——。
『凪を離しやがれ!!』
豪隊長の駆る武尊弐型が茜のラインへと鮮烈に参戦し、凄まじい地響きを立てながら、マシンガンの弾幕で純粋種・焔を激しく翻弄する。
豪と茜の猛烈なマシンガンによる撹乱、そしてレイの正確無比な狙撃。
三方向からの飽和攻撃によって巨獣の意識が凪から逸れた瞬間、炎の渦は急激に勢いを失い、霧散していった。
炎の渦という悪意の支えを失った凪の武尊は、完全に制御を失ったまま、推力を失った鉄の塊となって夜空から地上へ向けて急落下していく。
(体が動かない……!)
超高温の熱地獄に晒され続けた凪の肉体には、もう指一本動かす力すら残されていなかった。
『凪くん!!』
歪むメインモニターの向こう、夜闇を切り裂く光の中から、凛の武尊が急速に飛び込んでくる姿が見えた。
直後、強烈な、けれどどこか優しい衝撃がコックピットを走る。
凛の武尊が、落下の衝撃を殺すようにして凪の機体をその両腕でしっかりと抱きとめたのだ。
『凪くん! 大丈夫!?』
肩で息を切りながら、必死に自分を呼ぶ凛の叫びがコックピット内に響き渡る。
「ああ……」
瀕死の熱気の中で、凪の胸の奥に、言葉にならない熱いものが一気に込み上げた。
泥塗れで傷だらけの仲間たちが、全員で繋ぎ止めてくれたのだ。
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