29話 再会 29-3
大気を焦がす凄まじい高熱の蒸気を全身から噴き上げた純粋種・焔が、地鳴りを立ててその巨躯を旋回させ、凪の武尊の正面へと向き直った。
怪獣の大口が、焔の意思を伝えるように不気味に蠢く。
「ナギ……オマエハ……コタエヲ……ミツケタノカ?」
重層的な異形の声。
「答え……?」
凪はコックピットの中で困惑しつつも、操縦桿を握り直してその言葉をオウム返しにするしかなかった。
「ソウだ……コタエダ。オマエは、あの時……オネエサマの……こと。オマエも……俺と同じ……マヨイの中にいたはずだ」
体内からの排熱による蒸気が少しずつ収まり、燃え盛る炎の突起が、夜闇の中でさらに鮮明な輪郭を現していく。
「焔……一体何の話をしてるんだ!?」
凪は草薙の剣を構えさせたまま、焔の真意を必死に探ろうとする。
「フ……。コタエル……気は……ないという……ことか」
その瞬間、純粋種・焔の半透明な下腹部が、臨界点を超えて再び眩い白色へと発光していく。
牙の隙間に、パチパチと不気味な紫色の雷撃が走り始めた。
「……っ!」
凪の全身の細胞が、最大級の危険信号を鳴らした。
脳裏に、先ほど山を一瞬にして蒸発させたあの絶望的な超火力の残像が脳裏を過る。
——また、あれが来る。
凪は反射的にフットペダルを底まで踏み込み、背部バーニアを爆発させて天に向かって鋭く飛び上がった。
直後、純粋種・焔は周囲の大気を真空にするほどの勢いで一気に息を吸い込み、限界まで凝縮された神話の火球を、凪がいた地上めがけて容赦なく吐き出した。
◇
茜と凛の武尊は、戦場から少し離れた山の麓に不時着していた。
ガシャリ、と茜は自分のコックピットを飛び降り、凛の武尊のハッチを強引に抉るようにして開ける。
「凛……!」
茜が覗き込んだその先、狭いシートの上で体育座りのように膝を抱えて丸くなり、激しく身体を震わせている凛の姿があった。
「凛……」
茜は迷わずコックピットの奥へと潜り込み、怯える凛の身体をきつく抱きしめた。
凛の全身は異常なほどに震えており、茜の背中に手を回して抱き返せないほどに硬直していた。
「怖い……っ! 怖いよ、茜……!」
凛のその消え入りそうな震える声を受け止め、茜はさらに力を込めて彼女を強く抱きしめた。
「分かる……あの消し飛んだ山を見たら、誰だって……」
茜自身、思い出すだけで身震いが止まらなかった。
これまで幾度も純粋種と戦ってきたが、一瞬にして地形を変えるほどの圧倒的な破壊力を持った個体は、初めてだった。
「それだけじゃないの……。あの……怪獣の中にいた時の、すべてを塗りつぶすような悪意が、また自分を支配する感覚が……」
それは、怪獣に直接取り込まれたことがある者にしか分からない、魂を侵食される恐怖。
凛は当時の記憶がフラッシュバックし、呼吸を荒くしながら目の焦点が合わなくなっていく。
「凛——っ!」
茜は凛の両肩を掴み、その冷たい頬をパチンと音を立てて引っ叩いた。
「凛は戻ってきたの! あの底知れない悪意の中から、自分の力で、ちゃんと戻ってきたの!」
衝撃に目を見開いた凛の瞳に、ゆっくりと確かな光が戻っていく。
「ううん……。茜の声があったからだよ……。あの時、茜が暗闇の中で、私にずっと語りかけてくれたから……」
凛はまだ小刻みに震える手で、茜の優しくあたたかい手をぎゅっと握り返した。
「あの強烈な炎の光景を見て……自分が怪獣にされていた時のことを、どうしても思い出しちゃって……」
凛は胸を焦がす恐怖と必死に戦いながら、深呼吸を繰り返す。
「凛、教えて。あの炎の純粋種の中に、いま誰かがいるの?」
茜が凛の顔を真っ直ぐに見つめ、問いかける。
「うん……。凪くんの、お友達が……自らあの怪獣に吸収されたの」
凛のその言葉に、茜は驚愕して目を見開いた。
「凪のところに行かないと……!」
純粋種が人間を取り込んだ事例など、これまでの軍のデータには存在しない。
その上、それが凪の、あの大穴の因縁を持つ友達となれば、凪が一人で背負えるレベルを超えている。
「私も行く!」
凛がシートに深く座り直し、操縦桿を力強く握りしめた。
「ダメよ、凛! まだそんなに手が震えてる、その調子じゃ——」
茜は必死に凛の身体を引き留めようとする。
「まだ、怖いよ。怖くて、心臓が破裂しそう……! だけど、私も——凪くんを助ける! 一人にさせない!」
凛の指先の震えは、今も止まっていない。
しかし、恐怖をねじ伏せて前を見据える凛の力強い瞳を見た茜は、もうそれ以上彼女を引き止めることはできなかった。
「……分かった。行きましょう!」
茜と凛の二機の武尊は、残る恐怖をその鉄の身体で抑え込むようにして、同時にバーニアを爆発させた。
凪が独りで戦う、あの紅蓮の戦場へと再び飛び立っていった。
◇
地上には、純粋種・焔が作り出した巨大なクレーターがいくつも穿たれていた。
そのクレーターの底では、超高温で熱せられた土がマグマのように赤白くドロドロに溶け、大気を激しく歪めている。
凪は激しい機動で乱れた荒い息を、深く吐き出しながら整えた。
(焦らなくて良い……)
自分は今、何に動揺しているのか。
純粋種・焔が放つ圧倒的な神話の火力に面食らっているのか。
それとも、かつての親友が自ら怪獣の中へと取り込まれていったことへの焦りか。
あるいは、去り際に遺されたあの意味不明な問いかけへの困惑か——。
凪は自分の武尊が握る、草薙の剣の刀身を見た。
(焦らなくて良いんだ……。いつも通り、やればいい……)
いつも通り。
その言葉が凪の胸に引っ掛かった。
(……二年ぶりだな、この感覚は)
二年前、世界に溢れていた「怪獣」の戦いにおいては、中に人間が取り込まれていることは当たり前の光景だった。
だが、この二年で現れるようになった「純粋種」は違う。
人間の悪意を取り込む必要がない純粋種には、救い出すべき人間など存在しなかった。
しかし、今は中に焔がいる。
これまで倒すことだけを考えればよかった純粋種に、今度は語りかけなければならない。
焔を救い出すために。
(あの時は……いつも隣に、澪ちゃんがいてくれた)
澪がその不思議な力で怪獣の中に取り込まれた人の「心」を読み、その迷いを教えてくれた。
そして、凪が、あるいは誰かが戦いの中で必死に語りかけ、心を説得して救出してきたのだ。
凪は再び、焔を呑み込んだ二足歩行の純粋種を見据える。
純粋種・焔は、体内の制御しきれない膨大なエネルギーの余波を、背中の炎の突起から絶え間なく天へと排出している。
焔自身も、まだあの体の中で激しく引き裂かれている。
(焔が何を言いたいのか、今の俺には分からない。澪ちゃんも、もうここにはいない。……だけど、絶対に説得して、焔を引きずり出す!)
澪が自分を信じて託してくれたこの剣に誓って。
凪は改めて、操縦桿を握る両手に力を込めた。
「しかし……これ以上、クレーターを増やすわけにはいかないな」
「今までにない、最高難易度の任務だ……」
凪は不敵に、けれど真っ直ぐな瞳で前を見据え、コンソールのスイッチを押し込んで外部スピーカーをオンにした。
拡声された凪の声が、燃え盛る森の轟音を突き破って、火雷神の如き巨獣へと響き渡る。
「焔!! 聞こえてるか!!」
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