29話 再会 29-2
29話 再会 29-2
凪の武尊が、迷いのない軌道で純粋種に鋭く斬りかかっていく。
地上の炎のただ中で、焔はその圧倒的な戦いぶりをじっと見つめていた。
(凪……お前、強くなったんだな……)
二対一という状況とはいえ、御母様の力を宿した強力な純粋種を完全に圧倒している。
その太刀筋には、かつて自分が知っていた少年の面影はあっても、あの頃の弱さはどこにも見当たらなかった。
(お前はもう……悩みの中にはいないんだな)
自分だけが世界の境界線に取り残されているような気がした。
焔は激しく火を散らす純粋種と、それを追い詰める二機の武尊に向けて、ゆっくりと右の手のひらを突き出す。
(どうしてなんだ? 何で人間はいつも……そんなに強く前を向いて進めるんだ……。俺は、どうすれば……!)
凪のとどめの一撃が、神聖な輝きを放ちながら純粋種の胸元へと肉薄する。
その瞬間。
「凪——!!」
焔は無意識のうちに、胸の奥の叫びを現実世界へと解き放っていた。
世界の時間が凍りついたかのように、両者の間で一切の動きが止まった。
凪の草薙の剣の刃が、純粋種の肉皮を裂く寸前でピタリと静止していた。
静寂に包まれた戦場の中で、焔はゆっくりと大地を踏みしめ、純粋種に向かって歩みを進めていく。
(——俺に、答えをくれ)
迷いに引き裂かれた心に決着をつけるため、焔は全身に力を込めた。
だが、二年間の長いブランク、あるいは彼の心そのものを支配する「深い迷い」のせいだろうか。焔の背中から現れようとする不気味な木の根は、まるでこの地上に出てくるのを拒んでいるかのように、弱々しく蠢くだけだった。
(はは……くそっ……!)
焔はさらに奥歯が噛み砕けんばかりの力を魂の底から絞り出した。
「があああああああああ——!!」
自身の迷いをすべてかき消すような、空気を、そして大地を激しく震わせる焔の咆哮。
その執念に応えるように、焔の身体から一気に噴き出した無数の根が、夜の帳の中で禍々しく不気味に蠢いた。
「こい……っ!」
焔が前方へと突き出した手に呼応するように、噴き出した根の触手が猛烈な勢いで純粋種の巨躯へと取り付いていく。
生き物同士が絡み合う、おぞましい肉の音。
根を媒体にして、焔の肉体は引き寄せられるように純粋種の体内へと、深く沈むようにして吸収されていった。
「焔っ!」
凪の引き裂くような叫びが響き渡ったが、それはただ虚しく、燃え盛る森の熱風の中に掻き消されていくのだった。
焔の迷いを取り込んだ二足歩行の純粋種は、さらなる禍々しい変貌を遂げようとしていた。
◇
凪の前で、焔がその肉体を純粋種へと埋没させていった。
いや、それは純粋種が焔を喰らったのではない。
焔が己の迷いに決着をつけるため、自らの意志で純粋種と融合したのだ。
「焔……なんでだよ、なんで……っ!」
その凪の悲痛な叫びも虚しく、焔を取り込んだ純粋種は、神話の悪鬼の如き容姿へと一気に変貌を遂げていく。
「ぐっ……あぁ……っ!」
純粋種の咆哮に、苦悶に満ちた焔の声が重なって響く。
その巨躯は、かつて火雷神と呼ばれた焔の本質を剥き出しにしたかのような、神々しくも禍々しい姿へと変わり果てていた。
肩から、背から、そして太い尾から、地獄の業火そのものと形容できるような赤黒い炎の突起が次々と浮き上がり、夜の帳を真っ赤に染め上げていく。
さらに体内の巨大な火袋が臨界点を超えて激しく燃え上がり、その強烈な熱量が腹部を白熱した赤へと染め抜いていた。
「はああぁ……っ!!」
大地を震わせる咆哮。
二つの声が混じり合ったその音波だけで、周囲の燃え盛る木々が衝撃波で吹き飛んでいく。
「な……凪くん、あれは……っ」
隣の機体で、凛はあからさまに怯え、操縦桿を握る震える手を必死にもう片方の手で抑え込もうとしていた。
画面の向こうで化け物に変貌していく男の姿に、凛はかつての自分を重ね合わせていた。
二年前、心の隙間を怪獣に突かれ、完全に肉体を乗っ取られて暴走したあの夜。
あの時に味わった底知れない恐怖と、激しい憎しみが、津波のように凛の脳裏へと蘇ってくるようだった。
だが、新生した純粋種・焔は、容赦なくその凶悪な牙を剥いた。
巨大な胸郭を大きく膨らませ、周囲の大気ごと一気に息を吸い込む。
空気を取り込んだ腹の火袋が、さらに熱く、爆発寸前の白色へと染まっていく。
「凛さんっ、掴まって!!」
凪の叫びとほぼ同時に、彼の武尊が凛の機体を強引に横から抱きかかえ、背部バーニアを限界出力で爆発させた。
直後、純粋種から超高熱の火球が吐き出された。
それは一条の光線となって夜空を一直線に貫き、二機がさっきまでいた遥か後方の山肌へと直撃する。
凄まじい閃光。
爆音すら置き去りにして、その莫大な質量を持つ山が一瞬にして山肌をドロドロに溶解させ、その一部を抉り取るように消し飛ばした。
熱風で凪たちの武尊の警告アラートが赤色に染まる。
神話の火の圧倒的な破壊力を前に、凪は草薙の剣を握る手にさらなる力を込めた。
◇
凪の武尊のメインモニターが、瞬時に自動的に消し飛んだ山の熱源をスキャンし、コックピット内に赤い警告文字を無数に映し出していく。
「こいつはヤバいな……」
この神話の超火力をどうにか潜り抜けながら、純粋種・焔と戦い、さらにその体内から焔を生きて引きずり出す。
どう考えても、今の凪の頭には「不可能」という文字しか浮かばなかった。
緊迫感から頬を伝う冷たい汗が、ヘルメットのインナーにじわりと染み込んでいく。
「凛さん。大丈夫ですか?」
——返事が返ってこない。
その代わりに通信機から漏れ聞こえてくるのは、カチカチと小刻みに歯がぶつかる音と、浅く、苦しげな呼吸音だけだった。
二年前、怪獣に心を喰われた自身の悍ましい過去の経験。
そして、純粋種・焔が今見せつけた圧倒的な大火力。
それらは、普段は凛とした彼女を心の底から怯えさせるのに、あまりにも十分すぎる恐怖だった。
『凛! 凪!』
絶望が支配しかけたコックピットに、聞き覚えのある力強い声が滑り込んできた。
「茜さん!」
サブモニターに小ウインドウが開き、急行してくる茜の武尊の姿が映し出される。
満身創痍のはずのその機体は、バーニアを限界まで噴き出し、西側戦線からこの東側へと必死に駆けつけてくれたのだ。
茜の武尊が凪の機体の目の前で猛烈な逆噴射をかけ、土煙を上げて制動すると同時に、通信機から息を呑む彼女の呟きが聞こえた。
『あれは……! 』
「茜さん! 凛さんが戦闘不能です!」
凪がすぐさま現状を報告するが、それを遮るように、凛の震える声が掠れながら通信機から割り込んできた。
『だ、大丈夫……っ! や、やれる、やれるよ……っ!』
気丈に振る舞おうとしても、声の震えは隠しようがなかった。
相棒の異変を即座に察したのか、茜の武尊がガシャリと凛の機体の肩を強く掴み、強引に自機のほうへと引き寄せた。
『凪、凛を一度下がらせる! すぐに帰ってくるから!』
茜のその通信が響くと同時に、二機の武尊はバーニアを噴かして、後方の安全圏へと離脱していった。
「……なるべく、早めにお願いします。こいつを一人じゃ……」
凪は消えゆく二機の残光を背に、再び前方を睨みつける。
純粋種・焔は、先ほどの規格外の火球を放った反動による冷却のためか、その場に巨体を硬直させて動きを止めていた。
だが、赤白く不気味に発光する怪獣の目が、ギロリと正確にこちらを捉える。
熱排気の煙が晴れ、奴の全身の炎の突起が、再び狂暴に燃え上がり始めた。
「……やるしかないんだな」
凪はコックピットの中で小さく息を吐き、草薙の剣の柄を、壊れるほどに強く握りしめた。
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