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神薙 ~日本神話×ロボット。怪獣を救う神機の物語~  作者: さく


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29話 再会 29-1

茜とレイは、辛くもハリネズミ型の純粋種を倒すことができた。

それは以前の戦いと同様に、決して完璧とはほど遠い、泥臭く満身創痍の勝利だった。


しかし、レイの心は、かつてないほどに晴れやかだった。


戦闘の終息を見届けた茜の武尊が、その大きな金属の掌を自らの胸部コックピットへと添える。

ハッチを開いた茜の身体を、まるで壊れ物を扱うかのように優しく慎重に地上へと降ろした。


「レイ! 大丈夫!?」

地面に着地するなり、茜はなりふり構わず駆け寄り、片足の動かないレイの武尊のコックピットへとタラップをよじ登って取り付いた。


ハッチを開けたその先には、額から痛々しく血を流すレイの姿があった。


◇



「……大丈夫だ」

レイはそう強がってみせたものの、先ほどまで張り詰めていて気づかなかった頭の鋭い痛みが一気に押し寄せ、思わず激しく顔を顰める。


茜は機体に常備されている緊急医療用の救急セットを引っ掴むと、手早くレイの応急処置を始めた。

「大丈夫じゃない!」

そう鋭く怒鳴りつけながらも、レイが制止しようと動かした手を乱暴に払いのけ、強引に包帯を巻き付けて処置を行なっていく。


「……それより、残りの二体はどうなった?」

レイは額の痛みに耐えながら、ノイズの混じる無線機へと手を伸ばし、全体の戦況を確認しようとした。


その時だった。

耳障りな雑音の隙間から、微かに声が聞こえてきた。

信じられないものを見たかのような、凪の戦慄した声だった。

『……焔……っ!?』


「焔……?」

茜とレイは、弾かれたように顔を見合わせた。

その名に、強烈な聞き覚えがあったからだ。


それと同時に、心臓を直接冷たい手で掴まれたかのような、言い知れぬ不吉な不安が二人を襲った。


「行かないと……」

レイが壊れた機体を強引に動かそうとするが、茜がその肩を強く押し留める。


「レイ、その身体じゃもう無理よ。……私が行く」

手早く応急処置を終えた茜は、振り返ることもなく、迷いのない足取りで自分の武尊へと戻っていく。


「おい、茜……っ!」

レイは咄嗟に叫んで止めようとしたが、激しい頭痛が走り、再び顔を顰めて座り込むことしかできなかった。


「私達に任せて!」

茜の武尊は、その力強い言葉と同時に胸部のハッチを閉じ、背部バーニアを爆発的に吹かして、凪たちの待つ東側の空へと飛び立って行った。


自分の身体がもう限界なのは、レイ自身が一番よく分かっていた。

しかし、胸の奥で急激に膨れ上がっていくこの不吉な予感と、言い知れぬ胸騒ぎを、レイはどれだけ強く拳を握りしめても拭い去ることができなかった。


◇


——東側戦線。


鬱蒼と生い茂る原生林の真ん中で、凪と凛の二機の武尊は、完全に動きを止めていた。

メインモニターに映し出されていたのは、これまでのどの個体とも違う、異様な姿をした二足歩行の純粋種。


そして、その不気味な怪獣の足元に、探していた男の影があった。

「焔……」


クロークに身を包んだその男は、ゆっくりと頭のフードを脱ぎ払う。

露わになったその目を、静かにこちらの武尊へと向けた。

悲しんでいるのか、それとも怒っているのか、今の焔の表情からはその真意を全く読み取ることができない。


「お前……やっぱり、生きていたのか!」

凪は怒気を含ませた、けれどどこか悲しい声色でスピーカー越しに叫んだ。


ミズホノメを復活させようと大穴を開き、世界に純粋種を呼び込み、そして最愛の澪を封印へと追いやった張本人。

凪にとっては、誰よりも憎むべき敵であり、同時に、かつて同じ時間を分かち合った大切な親友だった。


「……」

しかし、焔は凪の武尊を見上げたまま、何も口にしない。

ただ、光を失った死んだような目で見つめ続けるだけだった。


「なんとか言え……っ!」

凪が叫んだその瞬間、二足歩行の純粋種が不気味に吠え、太い尻尾を地面に深く叩きつけて巨体を固定した。


そして、胸を大きく膨らませて息を吸い込んだかと思うと、その裂けた口から猛烈な火線を噴射した。


『危ない、凪くん!』

緊迫した凛の叫びが無線から響く。

その声で辛うじて我に返った凪は、焔から目を離して操縦桿を強く引き、間一髪のところでその火線を避けることができた。


純粋種が放った神話の火は、周囲の森を一瞬にして焼き尽くし、激しく燃え広がっていく。


「くっ……!」

激しい熱風の中、凪の武尊は腰のラックへと手を伸ばし、草薙の剣を力強く引き抜いて構えた。


「凛さん! 援護お願いします!」

その言葉を皮切りに、凪はペダルを強く踏み込んだ。


背部バーニアが眩い火を噴き、炎の幕を切り裂いて純粋種の懐へと鋭く滑り込む。

そのまま神聖な光を纏う草薙の剣を振り上げ、巨獣の胸元を力任せに袈裟斬りにした。

肉を裂く轟音が響き、純粋種が悲痛な咆哮をあげる。


間髪入れず、凛の武尊もまた、大型マシンガンを連射して正確な銃撃で凪の背中を援護していく。


だが、その激しい攻防を見つめる、二つの冷徹な目があった。

焔は逃げるでもなく、無言のまま目の前で繰り広げられる戦いをじっと見つめていた。


燃え盛る炎が、上空から降り注ぐ熱い薬莢が、一歩間違えれば焔自身の肉体を容易く危険に陥らせる状況。

しかし、焔はその場にただ、呪縛されたように立ち尽くす。


視線の先で傷つき、暴れ狂う二足歩行の巨獣。

その姿に、神話の因縁と人間の優しさの間で激しく引き裂かれ、己の存在意義を見失っている自分自身の姿が重なった。


「お前も……俺と同じように、迷っているんだな……」

焔は燃え盛る炎を見つめながら、その純粋種に向かって、ぽつりと静かに呟いた。


◇


——数刻前。


焔は、御母様に会うため、あの巨大な大岩の前に佇んでいた。

二年間、答えを見つけられないまま、ただ日本中を歩き続けてきた。


かつて怪獣たちによって無残に破壊され、焦土と化した都市。

そこでは、生き残った人間たちが手と手を取り合い、必死に復興を進めていた。

それどころか、新しく築かれつつある街は、以前よりも遙かに頑強な設計の大都市へと変貌を遂げようとしていた。


あの純粋種がすべてを燃やし尽くした絶望の世界で、人間たちは醜く奪い合うこともせず、ただ互いを支え合っていた。

その等身大の、泥臭くも力強い「人間の優しさ」を、焔はこの目で見てきた。


焔は静かに大岩に手を触れた。

この冷たい大岩の中に、自分を育ててくれた澪がいる。

そして、その遙か先の大穴の奥には、御母様がいる。


(俺は……一体どうしたら良かったんだ……)

激しい葛藤に引き裂かれた焔は、その場に膝をつき、やるせない怒りをぶつけるように冷たい地面を殴りつけた。


その時、地面の底から僅かな地響きが伝わってきた。

その不気味な音は徐々に大きくなり、確実にこの場所へ近づいてきているようだった。


焔が弾かれたように振り返る。

そこにいたのは、鬱蒼とした木々をゆっくりと掻き分けて現れた、二足歩行の純粋種だった。


純粋種は大きく息を吸い込むと、大穴を塞ぐ大岩に向かって、激しい火線を吹き付けた。

焔は腕で顔を覆い、その凄まじい熱風を耐え忍ぶ。

(ああ……)


火を噴き終えた純粋種は、今度は怒りをぶつけるように、連続で大岩に太い尻尾を叩きつけ始めた。

「お前も……なのか……」


大岩に無意味な攻撃を執拗に繰り返す怪獣の姿に、焔は痛々しいほどの共鳴を覚えた。

「俺も……お母様に会いたい……」


その時、今度は遥か上空から、空気を引き裂くような激しい轟音が聞こえてきた。

焔は眩しそうに目を細め、ゆっくりと空を見上げる。


「あれは……!」

急速に降下してくる鉄の巨躯——武尊の姿。

そして、その機体の腰部に配置された、神聖な輝きを放つ『草薙の剣』が、焔の目に鮮烈に飛び込んできた。


「凪……」

焔は、かつての親友の名をそっと呟いた。


(お前は……もう、前を向いて歩いているのか? 自分の答えを、見つけたというのか?)

凪と凛の駆る二機の武尊が、猛然と純粋種に向かって攻撃を仕掛けていく。


焔はその激しい光景を、底知れぬ「迷い」のなかで、ただ立ち尽くして見つめることしかできなかった。


◇


ーー現在


「焔……」

この二年間、凪はずっと、焔の本当の気持ちを問いただしたいと思い続けていた。


焔が引き起こした、あの大穴の解放事変。

あの凄惨な戦いの果て、一緒に基地へと回収されたはずの焔は、凪が目を覚ますよりも前に、忽然と姿を消していた。


お母様——ミズホノメの真意を、焔が分かっていないはずがないのだ。

彼だって、凪と同じように神話の力を宿した、もう一柱の神機を扱ったパイロットなのだから。


(やっと会えた……!)

凪の胸の奥で、熱く、そして冷徹に気が引き締まる思いがした。


(お前が何を考え、この二年間何を思っていたのか……絶対にすべて聞き出してやる!)

自然と操縦桿を握る手に、血が滲むほどの力が込もる。


前線では、凛の武尊が果敢に大型マシンガンを連射し、二足歩行の純粋種へと苛烈な攻撃を叩き込んでいた。

苛立った純粋種が、その大口から猛烈な火線を凛の機体めがけて吐き散らす。


『おっと……!』

凛はその火線を鮮やかなステップで横へと完璧に躱していく。

完全に純粋種の意識は、空中を華麗に舞う凛の武尊へと惹きつけられていた。絶好の死角。

「凪くん! 」


「ああ!」

凪の武尊がバーニアを爆発させ、地表を滑るようにして純粋種の懐へと一直線に飛び込んだ。

腰から引き抜いた草薙の剣を逆手に持ち替え、一気に斬り裂くべく、巨獣の胸元へ向かって力任せに振り上げる。


「凪!!」

——その時だった。

本来なら、密閉されたコックピットの中にまで届くはずのない、地を這うような叫び。

地上から、天に向かって真っ直ぐに叫び上げられたその声の主は、間違いなく焔だった。


凪はその叫びが鼓膜を震わせると同時に、肉体の本能が動いたかのように、純粋種の肉皮を裂く寸前で、草薙の剣の刃をピタリと止めていた。

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