28話 再戦 28-1
茜のメインモニターに、その忌まわしき巨躯がはっきりと捉えられた。
『……っ!? あいつは……!』
通信機から、レイの緊迫した、驚愕を孕んだ声が耳へと飛び込んでくる。
茜は眉をひそめ、広角レンズの向こうで蠢く四つ足の純粋種を注視した。
強靭な四つ足を交互に踏み出し、大地を侵食するように歩くその姿は、前回の戦いで自分たちを死の淵まで追い詰めた個体と同系統であることは疑いようもなかった。
その背中から無数に生える、植物の根のように禍々しい根の槍も健在だ。
それはまるで、巨大なハリネズミのようだった。
怪獣は周囲の木々を容易く薙ぎ倒し、地面に巨大な陥没痕を刻みつけていく。
絶え間なく鳴り響く地響きは、確実に人類の街へと迫っていた。
「くっ……!」
茜はきつく唇を噛んだ。
前回、文字通り死力を尽くして、辛くも勝利をもぎ取った純粋種。
それと再び最悪のタイミングで戦わなければならない。
しかも、今回は二人だけで——。
前回は、武尊のコンディションは万全だった。
その上、凛を含めた三機体制で挑み、それでもなお大苦戦を強いられたのだ。
今回は、茜とレイの二機のみ。
そして、その武尊も、急造の突貫修理を施されただけの「万全とは言い難い」不完全な状態。
(どう戦う……? )
茜の白い頬に、冷たい汗が流れる。
脳を回転させこの状況を分析しながらも、茜は操縦桿を動かした。
重々しい機械音を立てて、武尊の右腕が腰部のマウントから主力兵装である大型マシンガンを引き抜く。
そして、セーフティを解除する。
モニターの向こうの怪獣が、こちらの接近を察知したように、背中の無数の針をピキピキと逆立て始めた。
◇
ハリネズミ型の純粋種の背中に生えている無数の根の槍が、一瞬にして逆立った。
次の瞬間、まるで大噴火の如く、凄まじい風切り音を立ててそれらが一斉に天空へと噴き上がる。
上空で大きく広がった根の槍は、さながら死の黒い花火のようだった。
そして重力に従い、容赦ない根の槍の雨となって、茜たちの頭上へと降り注いできた。
「前より数が多い! レイ! 散開!」
その言葉を発するやいなや、茜はフットペダルを強く踏み込んだ。
背部バーニアが眩い火を噴き、武尊の巨体を横へとスライドさせる。
同時に大型マシンガンを上空へ向け、トリガーを引き絞って迫り来る槍の雨を次々と撃ち落としていく。
『くっ……!』
レイの武尊もまた、茜とは逆の方向へと跳躍して距離を取りつつ、腕に内蔵されたガトリング砲を掃射して応戦していく。
それは文字通り、全方位を埋尽くす広範囲攻撃だった。
この圧倒的な密度の弾幕は、こちら側のいかなる接近も許さないという強い拒絶の意志のようだった。
回避運動を続けながら、レイはメインモニターをサーモグラフィーモードへと切り替える。
画面が赤と青に染まり、敵の熱源分布が映し出された。
地上に降り注いだ根の槍は、前回同様に地中へと潜り込み、まるで生き物のように蠢きながら地中を伝って純粋種の本体へと還流、再吸収されている。
そして再び背中から、真新しい根の槍となって絶え間なく噴き出されていた。
「あいつも永久機関かよ……!」
レイは次々と地面を穿つ根の槍を紙一重でかわしつつ、ガトリングの弾幕を本体へ撃ち込んでいく。
だが、絡み合う根の装甲に阻まれ、有効なダメージは与えられない。
「茜! 奴を惹きつけられるか!?」
レイが通信機に向かって叫ぶ。
「今回は、前回なかったものがある」
レイの視線の先には、メカニックから託された試作型スナイパーライフルがあった。
これならば、前回とは違い、ハリネズミ型純粋種の凶悪な攻撃範囲の「外側」から、その心臓部をピンポイントで狙い撃てる。
「やってみる!」
茜は覚悟を決め、再びペダルを強く踏み込んだ。
スラスターを最大出力で吹かし、死線となる槍の雨を潜り抜けながら、ハリネズミ型純粋種の懐へとあえて果敢に踏み込んでいく。
『絶対に外さねぇ……!』
ノイズ混じりの通信機から、そんなレイの絞り出すような声が聞こえた気がした。
茜はそのあまりにも悲壮なレイの響きに、胸を締め付けられるような言い知れぬ不安を覚えるのだった。
◇
レイは武尊をハリネズミ型純粋種の凶悪な広域攻撃の範囲外へと、滑り込ませるように位置づけた。
岩陰に身を隠し、メカニックから託された試作型スナイパーライフルを両腕でしっかりと構える。
それと同時に、コックピットのシート正面から、物理的な照準用のスコープがせり出してきた。
「こんなものまで……! ありがたい!」
整備班の執念の設計に感謝しながら、レイはすぐ様そのスコープの前に顔を寄せ、片目で覗き込んだ。
レンズの向こうには、デジタルズームされた鮮明な敵の画像と、予測弾道を示すレティクルが浮かび上がっている。
手元の操縦桿に備え付けられたトリガーが、ライフルの火線と完全にリンクした。
前回の戦いでは、自機の腕をエネルギー媒体にして強制爆発させることで、なんとか相打ちに近い形で仕留めることができた。
しかし今回、不完全な突貫修理をされただけのこの機体で、同じ捨て身の特攻は通用しない。
(何を狙えばいい……?)
レイはスコープを覗いたまま、努めて冷静にハリネズミ型純粋種の巨体を探っていく。
そもそも、純粋種の明確な弱点など誰も分かっていないのだ。
どこを撃てば、この化け物を止められるのか。
レイが思考を巡らせている間も、モニターの向こうでは茜の武尊が死線を潜り抜け、ハリネズミ型純粋種に肉薄して命懸けの戦いを続けている。
マシンガンの銃撃が、敵の絡み合う根の装甲に火花を散らしていた。
その時、スコープのレンズに映る光景に、レイは強烈な違和感を覚えた。
「なんだ……?」
それまで全方位に雨を降らせるため、上を向いて逆立っていたはずの背中の根の槍が、一斉に、滑らかな連動を見せて前方へと倒れていく。
すべての槍の先端が、一点へと収束していく。
「まさか……! 茜! 避けろ!!」
レイはスコープから顔を跳ね上げ、メインモニターに向かって声の限りに叫んだ。
その叫びとほぼ同時に、大噴火のような轟音を立てて、無数の根の槍が弾丸の奔流となって茜の武尊へと一斉に発射された。
それは広範囲への雨などではない。
ハリネズミ型純粋種は、鬱陶しく動き回る明確な「敵」として、ターゲットを茜の武尊ただ一機に絞り込んだのだ。
『キャッ……!?』
通信機から茜の悲鳴が上がる。
茜の武尊は、背部バーニアを限界まで吹かして横へと高速スライドしながら迫り来る槍の網を避けていくが、ハリネズミ型純粋種はそれを許さない。
地響きを立てて巨体を強引に旋回させ、確実に茜を仕留めんと、ホーミングするかのように無数の根の槍の弾幕を容赦なく撃ち込んでいった。
「くそっ……!!」
レイは再びスコープに目を戻し、激しくレンズに顔を押し当てた。
命懸けで囮になっている茜の命運はレイの指先に託されている。
(俺が……俺が、あいつをやるんだ……!!)
照準の十字線が、鈍重に動く純粋種を狙い続けていた。
◇
レイは焦燥の渦中で、必死に脳細胞を回転させていく。
(訓練を思い出せ……。今まで積み上げてきたものを……!)
レイは軍の射撃訓練において、誰よりも最高成績を収めていた。
同期の中で、一番最初にシミュレーターの的の頭部——その額のド真ん中を完璧に撃ち抜いてみせたのは、他でもないレイだった。
(頭部……! 命令系統の核がそこにあるなら、狙ってみる価値はある!)
レイは即座にハリネズミ型純粋種の頭部へと照準を動かした。
凄まじい勢いで茜に槍を撃ち込み続ける巨獣の、激しく揺れる額へと照準を絞り込んでいく。
積み上げてきた技術への誇りは、今のレイの指先を限界まで鋭敏に研ぎ澄ましていた。
(ここだ……! 俺なら、完璧に狙える!!)
レイは迷わずトリガーを引き絞った。
試作型スナイパーライフルが凄まじいマズルフラッシュと共に火を噴き、超高出力のエネルギー弾が夜の帳を切り裂いて放たれる。
弾丸は狙い過たず、ハリネズミ型純粋種の額を正確に撃ち抜いた。
弾着の衝撃で怪獣の頭部が大きくのけ反って、根の破片をまき散らした。
それと同時に、茜の武尊を執拗に追い詰めていた根の槍の撃ち込みが、ピタリと停止した。
「よし……っ!」
レイはコックピットの中で歓喜の声を上げる。
のけ反った頭部がゆっくりと不気味な音を立てて戻る。
弾丸によって額に穿たれたはずの巨大な風穴——その周囲から、ミミズのように蠢く無数の細かい木の根が溢れ出し、互いに絡み合いながら、あっという間にその銃痕を塞いでいってしまう。
圧倒的な再生能力。
致命傷のはずの頭部を破壊されてなお、この生物は死んでいない。
純粋種の目が鋭く動き、レイの武尊を捉えた。
『レイ!!』
通信機を通して、茜の悲鳴のような叫びが響く。
気づいた時には、ハリネズミ型純粋種の背中にある無数の根の槍が、すべてこちらに向かって狂暴に照準を合わせていた。
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