27話 修行の後 27-3
レイの運転するジープは、再び道なき道へと突入していた。
悪路に構うことなくアクセルを床までベタ踏みし、エンジンが咆哮を上げる。
ガツン、とジープが剥き出しの岩を踏んで、車体が激しく宙へと跳ね上がった。
一瞬の滞空。
普通のドライバーなら恐怖に竦む局面で、しかしレイは鋭い視線のままステアリングを力強くねじ伏せ、車体が横転するのを完璧に制御して着地させる。
その荒々しくも精密なドライビングには、先ほどまでの迷いは一切なかった。
助手席では、激しく揺れる車内で茜が必死に通信機に噛みついていた。
スピーカーからは、豪隊長の緊迫した声が響いている。
『純粋種が現れた。作戦行動中だが緊急事態だ、直ぐに帰ってきてくれ』
茜は頭を激しく揺さぶられながらも、豪の言葉を聞き逃すまいと通信機を握り締めた。
「了解! すぐに戻ります!」
茜が返事をすると同時に、無線機の向こうで豪が再び声を張り上げた。
『——凪とレイも、そこに一緒にはいるか?』
豪のその言葉に、一瞬だけ疑問がよぎる。
休暇申請を取っているはずの二人の所在まで真っ先に確認してきたからだ。
だが、後部座席から凛が身を乗り出し、茜の持つ通信機へすぐに声を返した。
「はい! 凪もレイも一緒です、いま全員で基地に向かってます!」
凛がそう答えると、間髪入れずに豪の冷徹な指令が返ってきた。
『ちょうど良かった。基地に到着次第、凪とレイも出撃してもらうぞ』
凪とレイはそのつもりでジープに飛び乗ってはいたが、豪がわざわざ無線で直接それを告げることに、言い知れぬ違和感を覚えた。
不穏な予感に応えるように、豪が非情な数字を告げる。
『今回、現れた純粋種の数は、同時に3体だ』
「っ……!?」
茜は目を見開き、息を呑んで後部座席の凪と凛へと顔を向けた。
振り返った先の二人も、全く同じ驚愕の表情を浮かべている。
今までの戦いは、1体が基本だった。例外的に2体だったこともあった。
しかし、今回は同時に3体。
戦力の分散は免れない。
レイは前方を見据えたまま一瞬だけ目を見開いたが、すぐさまフッと深く息を吐き、心を落ち着かせた。
「……掴まれ! 飛ばすぞ!」
レイがギヤを叩き込み、ジープをさらに加速させる。
『純粋種の数が増えてきてやがる……』
独り言のような豪の苦々しい通信が、ノイズ混じりに聞こえていた。
凪たちも、その言葉を否定することはできなかった。
何故、二年前、澪が自らの命と引き換えにして完全に封印したはずの純粋種が、今になって現れ続けるのか。
そして、その出現頻度が加速しているのか。
それは、先ほど精神世界で修行した凪にとっても、まだ答えの出ない最大の疑問であった。
『……考えても始まらねぇな。チーム編成を伝える。茜・レイ、そして凪・凛だ』
豪の言葉に、後部座席の凪と凛がパッと顔を見合わせた。
劣等感を捨て、澪のために戦うと誓った凪。
その決意を「助けてあげてね」と笑顔で受け止めてくれた凛。
二人の間に、もう言葉はいらなかった。
二人は無言のまま、力強く拳を正面で突き合わせる。
助手席の茜もまた、前方を鋭く見据えるレイに向かって、深い信頼を込めて頷き返した。
『俺は先に出撃して、一番基地に近い1体をやる。残りの2体はお前たちに任せたぞ。生きて戻れよ!』
そこで豪の通信が途切れた。
直後、ジープは鬱蒼とした森を完全に突き抜け、舗装された灰色の道路へと勢いよく飛び出した。
タイヤが悲鳴を上げ、アスファルトを力強くグリップする。
フロントガラスの向こう、灰色の要塞——基地の姿が、夕闇のなかに見えてきていた。
◇
ジープはブレーキを悲鳴を上げさせながら、飛び込むようにして格納庫の中へと滑り込んだ。
車体が完全に止まるより早く、ジープから飛び降りた四人は、それぞれの定位置に佇む巨躯——『武尊』へと一斉に目を向けた。
前回の激戦で刻まれた凄惨な傷跡は、装甲の色の違いとなって、一応の修復が完了していることを示していた。
四人のもとへ、油にまみれたメカニックリーダーが息を切らせて走り寄ってきた。
「急造だが、予備品も総動員して形だけは直した! だが、内部フレームの微調整までは手が回ってねえ、完全じゃない。無理はするなよ!」
それだけを怒鳴るように告げると、リーダーは次の作業のためにすぐさま離れていった。
四人はタラップを駆け上がり、各々の武尊のコックピットへと滑り込む。
ハッチが閉まり、起動スクリーンに無数のログが流れる中、機体状態を素早くチェックしていく。
——メカニックリーダーの言った通り、完全ではないというのは確かなようだった。
休暇前に提出されていた、量産型武尊の駆動効率を上げるための最新の改良案は、この緊急事態には間に合わなかったらしい。
しかし、出撃できない訳では無い。
実戦に耐えうる最低限の調整だけは、あの短時間で完璧にこなしてくれている。
彼らの血の滲むようなバックアップを、無駄にするわけにはいかなかった。
システムリンクが確立され、まず茜の武尊が重々しい駆動音を立てて前進した。
『西側の純粋種は、私とレイが行く。東側は、凪と凛がよろしくね!』
茜の通信に、凪は操縦桿を握り直し、短く答える。
「了解」
凪はメインモニターの端に映る、量産型武尊の腰に携えられた『草薙の剣』のグラフィックを見つめた。
ゆっくりと目をつむり、澪から託された本当の信頼と想いを胸に染み込ませるように、深く、深く呼吸する。
その重さを、今度は劣等感ではなく、己の誇りとして噛み締めていく。
「凛さん! 行きましょう!」
凪がペダルを強く踏み込んだ。
格納庫のカタパルトが作動し、背部のバーニアが爆発的な火を噴いて武尊の鉄の体躯を浮き上がらせる。
重力を振り払い、凪の駆る武尊は東の空、純粋種が待つ戦場に向かって真っ直ぐに飛び上がった。
『了解! 遅れないから!』
すぐ後ろから、凛の武尊もまた激しい噴射炎を引き絞りながら、凪の翼へと続いていく。
一方、レイもコックピットのシートに深く腰を収め、出撃の順番を待っていた。
メインモニターの起動シークエンスが100%を告げたその時、ハッチの外部カメラに、一人の若いメカニックが必死に機体に取り付く姿が映る。
外部通信が開かれ、青年の声がスピーカーから響いた。
『レイさん! これ、俺の自信作です! 持っていってください!』
メカニックが指さした先、壁の兵器ラックには、異様な存在感を放つ長身の試作型の高出力スナイパーライフルが固定されていた。
「これは……!」
レイはその銃のロックを解除し、武尊の剛腕でしっかりと装備した。
完璧なコンディションでなくとも、手元には信頼という名の武器が揃っている。
「……ここまでされたら、もうやるしかないな」
レイは静かにそう呟くと、張り詰めた心を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をした。
『レイ! 行くよ!』
先行する茜の武尊がカタパルトから跳ね上がり、西の空へと飛び立っていく。
その残光を目に焼き付けながら、レイは両の手で操縦桿を力強く、握りしめた。
「レイ……量産型武尊・弐……出る!」
一気にペダルを踏み込む。Gが肉体を圧迫し、轟音と共にレイの機体もまた、夕闇に染まる大空へと撃ち出された。
◇
茜とレイの武尊は、夕闇に染まる空を並走して飛び、西側の純粋種へと急行していた。
スラスターの轟音がコックピットを満たす中、突如として茜からのプライベート通信が割り込んできた。
『レイ……いける?』
レイはすぐに察した。
茜は、あの湖畔の焚き火での会話のことを心配しているのだ。
自分が「完璧主義の劣等感」に苛まれてボロボロになっていたことを、彼女は気にしているのだ。
「ああ……大丈夫だ」
レイのその迷いのない力強い言葉を聞いて、通信の向こうで茜がホッと安堵の息を漏らしたのが聞こえた。
『よかったら……さっきの続きの話、これが終わったら後でしっかり聞かせてね』
レイは茜のその不器用な気遣いに、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「ああ……。」
前方の地平線に、不気味なエネルギーの脈動を放つ巨大な質量——純粋種の姿が見えてきた。
レイは即座にプロの顔へと戻り、先ほどメカニックから託された試作型スナイパーライフルを構え、メインモニターの光学照準を望遠モードへと切り替える。
「……っ!? あいつは……!」
望遠されたモニターに映し出された敵の姿に、レイは息を呑んだ。
そこにいたのは、前回の戦いで自機の武尊の腕を破壊した四つ足の純粋種。
それと、あまりにも酷似した形状の異形だった。
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