2話 母の想い 2-3
凪は、 澪を静かに横たえる。
そして、 立ち上がった。
「僕がやるよ」
背を向けたまま、 澪へ語りかける。
「どうすれば、 この像…… 動かせるの?」
「ダメ……」
澪が、 震える身体で起き上がろうとする。
「凪には…… 関係ない……」
けれど、 力が入らない。
再び倒れ込む。
その間にも、 怪獣の猛攻は止まらない。
内部が激しく揺れる。
「ぐっ……!」
凪は歯を食いしばる。
「時間がないんだ!」
澪に振り返る。
「僕なら大丈夫。 だから…… やらせて!」
澪は、 しばらく凪を見つめていた。
やがて、ゆっくりと、 琥珀の勾玉を外す。
「これがあれば…… この機神は動かせる……」
澪は、 震える手で勾玉を差し出した。
「凪の…… 思うままに……」
凪は勾玉を受け取る。
首へ掛けた瞬間。
心臓が高鳴る。
機神と、 感覚が繋がる。
視界。
鼓動。
力。
すべてが流れ込んでくる。
「これが…… 機神……!」
凪は拳を握る。
「やるぞ……!!」
怪獣の中で、 母は微かに反応した。
(……何かが、 触れた……?)
澪。
あの少女が、 自分の記憶へ触れた。
そして同時に。
母もまた、 澪の記憶を感じ取っていた。
炎。
優しい手。
別れ。
愛。
「……っ」
母は、 ゆっくり目を開く。
腕の中では、 勇斗が静かに眠っている。
そして、怪獣の視界を通して、 町の惨状が映る。
壊れた建物。
炎。
逃げ惑う人々。
「なに…… これ……」
何が起こっているのか、 分からない。
ただ一つ、 分かることがあった。
自分の中から、 黒い感情が溢れている。
憎い。
怖い。
奪われたくない。
その悪意が、 怪獣を暴れさせていた。
凪が腕を振るう。
それに呼応するように、 機神の腕が動いた。
迫っていた根を、 薙ぎ払う。
「いける……!」
凪の顔に、 驚きと高揚が混ざる。
機神が、 まるで自分の身体のように動く。
「武器は!?」
凪は澪へ叫ぶ。
「ダメ……」
澪が、 痛みに耐えながら身体を起こした。
「あの怪獣の中には…… 人がいるの……!」
「人……?」
凪の表情が固まる。
「何で…… 怪獣の中に人がいるんだよ……?」
機神が、 ゆっくりと立ち上がる。
「そんなの…… どうすればいいんだよ……!」
凪は、 混乱したまま澪へ叫ぶ。
「どうやって…… あの中から取り出すんだ!?」
「分からない……」
澪の声は、 苦しげだった。
次の瞬間。
怪獣の根が、 再び襲いかかる。
「っ……!」
凪は、 必死に払い除ける。
だが、 それしかできない。
「ぐっ……!」
押される。
「とにかく…… やるしかない!」
凪は、 右手へ意識を集中させた。
“剣”。
そのイメージに呼応するように、 光が集まる。
機神の右手。
そして、 凪の右手にも。
一振りの剣が現れる。
「……!」
凪は、 そのまま剣を振り下ろした。
迫っていた根が、 まとめて断ち切られる。
その瞬間。
「ぐぎゃあああああ!!」
怪獣が、 悲鳴のような咆哮を上げた。
根が斬られた瞬間、激痛が走る。
「っ……ぐ……!」
母は、 咄嗟に声を押し殺した。
腕の中では、 勇斗が眠っている。
起こしたくない。
怖がらせたくない。
「大丈夫…… 大丈夫だから……」
けれど、怪獣越しに見える巨人。
「あれも…… 勇斗を奪うもの……?」
黒い感情が、 母の中で膨れ上がる。
怖い。
奪われる。
また失う。
「うぅぅ……!」
母は頭を抱える。
「私は…… 私はぁぁぁ!!」
その感情に呼応するように、 怪獣が咆哮を上げた。
次の瞬間、無数の根が、 四方八方へ噴き出す。
建物を砕き、 道路を裂き、 町を破壊していく。
「このままじゃ…… 町が終わる……!」
凪は、 迫る根を剣で薙ぎ払う。
そして、決死の覚悟で、 怪獣の懐へ飛び込んだ。
「どこにいる!?」
焦った声で、 澪へ問いかける。
澪は、 凪の真意を測れないまま答える。
「腹の…… 中心……」
凪は前を見据える。
覚悟を決めた瞳。
「ごめんなさい……!!」
剣を突き出す。
怪獣の腹部へ、 深々と刃が突き刺さす。
「ぐぎゃあああああ!!」
怪獣が絶叫する。
裂けた腹部。
その穴へ、 凪は腕を突っ込んだ。
「ぐっ……!」
怪獣へ触れた瞬間。
再び、 澪へ記憶が流れ込む。
暗闇。
苦痛。
母。
「お母さん…… 苦しんでる……」
澪が、 震える声で呟く。
「その子を…… 渡したくないのね……」
「えっ……?」
凪の動きが止まる。
「あの子の…… 御母様……」
母は、 流れ込んできた澪の記憶を見る。
優しい手と温もり。
愛されていた記憶。
「……一緒なのね」
母は、 腕の中の勇斗を見る。
静かな寝息と小さな温もり。
その姿が、 澪と重なる。
「勇斗……」
母は、 涙を零しながら、 そっと勇斗の頬を撫でた。
「ママの愛を…… 覚えていて……?」
「えっ……?」
凪が、 思わず手を止めた。
その瞬間、怪獣の内部から、 無数の根が噴き出す。
「っ!?」
衝撃が奔る。
機神の身体が、 大きく宙へ弾き飛ばされた。
「ぐあっ!!」
内部へ激震が走る。
澪も凪も、 床へ叩きつけられる。
腹を押さえながら、 凪は身体を起こした。
「くっ…… どうすれば……」
その時。
「……ん?」
怪獣の動きが、 止まっていた。
「なんだ……?」
ゆっくりと怪獣の腹部が、 裂けるように開いていく。
その中から現れたのは。
赤ん坊を抱いた、 一人の女性だった。
「あの人……」
澪が、 小さく呟く。
女性の身体は、 黒い根に侵食されている。
けれど、その腕の中の赤ん坊だけは、 根に蝕まれていなかった。
女性は、 勇斗を高く抱き上げる。
そして。
掠れた声が、 響いた。
「この子を…… 勇斗を……」
機神が、 ゆっくりと怪獣の腹部へ近づいていく。
そして、 胸部の琥珀の勾玉付近まで手を運んだ。
凪は、 その巨大な手の上へ降り立つ。
機神は、 壊れ物を扱うように、 凪を女性の元へ運んでいった。
「この子……」
凪は、 勇斗をそっと抱き寄せる。
小さく、温かい。
「この子を…… 勇斗を…… お願いします……」
少し安心した顔を見せる。
しかし、女性の声は、 もうかすれていた。
「これで……良い……」
次の瞬間。
女性の身体へ、根が絡みついていく。
「がっ……!?」
根から悪意が女性へ流れ込んでくる。
「あっ……!」
女性は、 ゆっくりと怪獣の中へ戻っていく。
「貴女も一緒に……!」
凪が叫ぶ。
女性は、 静かに首を横へ振った。
「ワタシハ…… モウ……」
轟音が響く。
空を裂くように、 F-2編隊が飛来する。
「戦闘機……!?」
凪が空を見上げた、 その瞬間。
F-2の翼下から、 ミサイルが放たれる。
「待っ──!」
着弾と同時に爆炎が、 怪獣を包み込んだ。
「っ……!」
凪は咄嗟に、 勇斗を抱き込む。
それに呼応するように、 機神の腕もまた、 凪たちを守るように閉じた。
衝撃と熱風が襲う。
「俺ら諸共かよ!!」
凪が叫ぶ。
その時、視界の端に、 黒い靄が見えた。
怪獣の腹部。
そこにいた女性から、 禍々しい靄が溢れ出している。
「ワタシノ…… 勇斗ニ……」
女性の瞳が、 黒く染まっていく。
「攻撃シタナァァァ!!」
怪獣が咆哮する。
次の瞬間、無数の根が、 空へ向かって噴き出し、F-2編隊へ襲いかかる。
凪は、 機神の内部へ戻る。
そして、 勇斗を澪へ託す。
「ダメだ…… 自衛隊を攻撃したら……!」
凪は、 怪獣へ向き直る。
怪獣はなおも、 F-2へ向かって根を伸ばしていた。
F-2もまた、 怪獣を脅威と判断したのか、 回避しながらミサイルを撃ち込んでいく。
「やめろ…… やめろぉ……!!」
凪の声は届かない。
凪は、 機神の腕で根を掴む。
必死に止めようとする。
その時だった。
「私を…… 斬って……」
「なっ……!?」
凪の動きが止まる。
剣を持つ手が震える。
「そんなの……できるわけ……」
「あなたが私を斬れば…… 怪獣を倒したとして…… あなたたちへの攻撃は止む……」
なおもF-2への攻撃が続く。
避けきれず、根の攻撃に当たり、墜落する戦闘機も…
掠れた声。
「お願い…… 勇斗を…… 守って……」
澪が、 静かに涙を流す。
その腕の中で、 勇斗が泣き始めた。
「っ……!」
凪は、 その泣き声を背中に受ける。
そして、ゆっくりと、 剣を構える。
「……ごめんなさい」
機神が飛び出す。
一閃。
巨大な斬撃が、 怪獣を真っ二つに切り裂いた。
一瞬の静寂。
(ありがとう)
確かに、 そう聞こえた気がした。
次の瞬間、怪獣は、 音もなく崩れ去った。
怪獣との戦闘が終わった直後。
自衛隊は、 町の救援活動に追われていた。
瓦礫の撤去。
負傷者の搬送。
そして、崩れ去った怪獣の調査。
研究チームが、 怪獣の残骸を調べていた。
「これが…… 怪獣の細胞……?」
その時だった。
雷鳴。
「……?」
研究員の一人が、 空を見上げる。
瞬間、雷が落ちた。
閃光と轟音。
研究チームは、 一瞬で灰と化した。
立ち込める煙。
その中心へ、 “何か”が降り立つ。
人の形をしているが、 人ではない。
それはゆっくりと、 怪獣の残骸へ歩み寄る。
そして、黒い種を拾い上げる。
「十分か」
低い声で呟く。
「悪意は、 よく育った」
黒い種を、 地面へ埋める。
その瞬間、無数の根が、 地中へ広がっていった。
「我が名は、 黒雷神」
男は、 愉快そうに嗤う。
「人間よ…… もっと悪意に満ちろ」
無数の雷鳴が響く。
「ハハハハハハ!!」




