13話 御母様 13-4
太陽が欠けていく。
世界が暗闇に覆われる。
「なんだ?」
再び、大地が揺れる。
地面がひび割れ、作物が地中へ呑み込まれていく。
黒雲が空を覆い、豪雨を降らせる。
雷鳴が幾度となく轟いた。
川は氾濫し、人々を呑み込む。
落雷は大地を焼き、山々を震わせる。
そして――。
暗闇の奥で、何かが蠢いた。
ゆっくりと、その巨体が姿を現す。
咆哮。
そこに現れたのは山ほどもある、八つの首を持つ龍だった。
「あの時の怪獣も御母様が…。」
頷く御兄様。
「そうであろうな…。」
「ミズホノメ様は人間を恨んでいた。」
御兄様が澪を見る。
「お前を傷つけた人間を許せなかったのだろう。」
澪は俯く。
怪獣の真実。
それは、御母様が人間を恨み、怪獣を生み出す存在となってしまったこと。
そして、大穴の先で怪獣を生み出していたこと。
しかし。
澪は知っていた。
御母様が、人々を愛していたことを。
凪は暗闇の中にいた。
辺りを黒く禍々しい靄が覆う。
その靄がミズホノメと凪の心を表しているようだ。
怒り。
憎悪。
そんな感情が渦巻いて絡みつく。
ミズホノメと凪が重なる。
「人間メ…!」
その感情が言葉となって口をつく。
しかし。
鈍く温かい光があることに気付く。
凪はそこに近づいていく。
その光は確かにそこにあった。
「あれは…。」
それはミズホノメだった。
「ミズホノメ様…?」
ミズホノメは顔を上げなかった。
膝を抱え、ただ静かに涙を流していた。
いつの間にか、横に澪が立っていた。
心配そうに、ミズホノメを見る。
「御母様…!」
澪は御母様に手を伸ばす。
「これも、記憶…?」
また、記憶が流れ込んでくる。
澪は目を覚ます。
「私は…?」
ゆっくりと思い出していく。
炎の中。
御母様に縋り付く。
そして、澪を包む優しく温かい手。
「そっか…。」
澪は思い出す。
炎に焼かれたあの日のことを。
辺りを見回す。
そこは真っ暗な闇。
けれど、不思議と怖さを感じなかった。
感じるのは、憎しみ、怒り。
その元にある悲しみ。
しかし、その奥に何かがある。
澪は目を凝らす。
鈍く光るものがあった。
その温もりに、澪は懐かしさを覚えた。
「御母様…?」
光の先に御母様が見えた。
御母様は膝を抱えて泣いている。
「澪…。澪…。」
御母様の呼ぶ声がする。
「御母様…。私はここにいるよ…。」
「澪…。私はあなたを守れなかった…。」
御母様は強く膝を抱え込む。
「それに私は…。愛すべき人々を憎んでしまった…。」
御母様の頬に涙が伝う。
「そして、あんなものを生み出してしまった。」
空間に映像が現れる。
そこには、真っ黒闇の中、人間を襲う八首の龍の姿があった。
「怒りや憎しみの感情に呑まれた。」
映像から目を逸らす。
「そして、人々を…。」
御母様は顔を覆い泣き始める。
「私は、何と愚か…。」
凪と澪が手を伸ばす。
そして、御母様の手に触れる。
「御母様は悪くない。」
「ミズホノメ様は悪くない。」
澪と凪の言葉が重なった。
「人間が弱かったの…。欲に負けて…。」
御母様の手を強く握る。
「その行動がどんな結果になるか想像できなかった…。」
澪と凪も俯く。
「でもね!見て?」
手を引いて映像の前に連れ出す。
「御母様が愛した人たちは、ちゃんと変わろうとしたんだよ。」
ミズホノメが映像に目を向ける。
そこには、御兄様がいた。
そして。
雨の降りしきる中、逃げる人々を神社に誘導する。
「こっちだ!」
人々は協力して、神社に逃げていく。
その後ろには、八首の龍。
目前まで迫っている。
「ミズホノメ様…!澪…!」
勝手だとは分かっている。
しかし。
「我々を護ってくれ…!」
御兄様が祈る。
その時。
八首の龍の動きが止まった。
「これは…!」
ミズホノメ様が目を見開く。
人々が助け合う姿。
誘導するもの。
動けないものを背負うもの。
治療するもの。
そして。
その先に、一際目立つ神社。
「私たちを弔う神社。
人間たちが協力して建てたの。」
御母様に微笑む。
「人間は弱くて、欲深かった…。」
御母様の手を胸にして、目を瞑る。
そして、ゆっくり開けていく。
「でも…反省した。」
「あの出来事を忘れないようにって。」
凪と澪がシンクロしていく。
「人間には善も悪もあった。」
凪と澪は真っ直ぐ御母様を見据える。
「でも…今を見てほしい。」
「御母様。」
(ミズホノメ様。)
御母様に微笑む。
「そうか…。」
御母様が澪と凪から離れる。
「人は…変われたのですね。」
御母様の頬に涙が伝う。
その涙は、もう悲しみだけの涙ではなかった。
二つの琥珀の勾玉が、静かに生まれる。
「澪…。そして、凪…。」
(ありがとう。)
神社から光が溢れる。
「何だ!」
御兄様が叫ぶ。
神社の中から光が飛び出す。
そして、境内に降り立った。
「ミズホノメ様…?いや、澪…?」
澪が御兄様に歩み寄る。
「これを…。」
澪は琥珀の勾玉を御兄様に渡す。
「これは…?」
御兄様は手のひらに置かれた琥珀の勾玉を見る。
「御母様の願い。」
そう言うと、勾玉を天に掲げる。
大きな光が二柱、天から降り注ぐ。
光がゆっくり人の形を成していく。
巨大な腕。
巨大な脚。
二柱の巨神が静かに降り立った。
今とは違う神機。
鎧もなく、武器もないが、神々しさに満ちていた。
御兄様が神機の中で、御母様の残滓を感じる。
「人々を護れということか…。」
二柱の神機が目を合わす。
「御兄様!」
「おう!」
二柱の神機が八首の龍に駆け出した。
神機が湖から立ち上がる。
鎧が身体から落ちていく。
水飛沫を上げる。
湖が波打つ。
そこに立つは、素体の神機。
凪と御兄様が向かい立つ。
「聞こえたか?」
御兄様の問に頷く凪。
「そうか。」
御兄様が凪を真っ直ぐ見据える。
「神機はミズホノメ様の願いだ。」
凪は御兄様の想いを受け止める。
「…。」
ミズホノメ様の過去。
人間への想い。
それを全て受け止める。
ゆっくりと目を開ける。
「俺は…。受け止めます。
ありのままを。」
「善も悪も」
澪が横に立つ。
顔を見合わせる。
そして、頷き合う。
神機が輝き始める。
左手に剣、右手に銅鏡の盾が現れる。
そして、二本の光が神機を回っていく。
その光は帯となり、神機を覆う。
白と黒の天衣が神機に舞った。
「真・神機と言ったところか。」
御兄様は声を上げて笑う。
「わしはここまでだ…。」
御兄様が消えていく。
「御兄様…!」
澪は御兄様に手を伸ばす。
「澪…。凪…。御母様を頼んだぞ!」
辺りが光に溢れる。
凪と澪は神機の中にいた。
「御兄様…。ありがとう。」
凪と澪は笑い合った。
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