13話 御母様 13-3
「確かに御母様は人間を恨んだ…。」
澪も目を伏せる。
「でも…愛してもいた。」
ミズホノメが生まれた樹。
それは一際大きく存在感があった。
その根本に、お包みに包まれて眠る赤ん坊。
ミズホノメは怪訝な顔で抱き上げる。
辺りを見回す。
誰もいない。
ミズホノメは直ぐに母性に満ちた微笑みで赤ん坊をあやす。
赤ん坊は、本当の母に出会えたかのようにミズホノメに笑いかける。
名前を澪と名付けた。
澪は村の中心となった。
村の人々と、ミズホノメの橋渡しをする存在。
誰かが困れば、ミズホノメにお伺いを立てる。
ミズホノメいつも、優しい笑顔で助けてくれた。
それはミズホノメの愛故だ。
ミズホノメの助言や援助は御兄様に伝えた。
人々に伝えるのは、御兄様の役目になった。
御兄様は逞しく、澪を守る存在でもあった。
皆、愛に満ちていた。
御母様が大好きだった。
御兄様も。
そして、御母様が愛した人々も…。
あの日までは。
神社が炎に包まれる。
御母様が根に包まれていく。
澪の身体から出る血は止まらない。
御母様が包まれた根の元に行く。
「御母様…。」
澪はそっと目を閉じた。
「何であんなことになったんだろう…?」
澪の頬に涙が伝う。
御兄様が優しく頭を撫でる。
「あの時、助けてやれなくて済まなかったな。」
澪は強く首を振る。
分かっている。
御兄様は民を見捨てられてなかった。
御母様が愛した民の目を覚ます。
その使命のもとに、行動した。
知っている。
御兄様は誰よりも優しいことを…。
凪は考えていた。
ミズホノメは人間に何をしたか?
与えただけだ。
慈悲を持って。
しかし、それを人間は仇で返した。
凪は分からなくなる。
「僕はこれまで、人間を救ってきた。」
それを仇で返されたら…?
「もし僕も、御母様と同じ目に遭ったら……。」
凪は目を瞑る。
そして、ゆっくり目を開ける。
「それでも、人を救えるのか?」
凪に黒い感情が渦巻き始める。
怒りが込み上げてくる。
その時、何かが落ちた。
軽い音だ。
顔を上げる。
地面に落ちた琥珀の勾玉。
「これは…。澪ちゃんの…。」
勾玉の中にミズホノメを見る。
ミズホノメは静かに涙を流す。
琥珀の勾玉に意識を集中する。
地面から黒い根が蠢き、凪に絡みついていく。
狼狽える凪。
しかし、その根に包まれる心地よさを感じる。
黒い感情に身を任せる。
そこに記憶が流れ込んできた。
ミズホノメに黒い根が不気味に絡みついていく。
その根はミズホノメを地下深くに引きずり込まれていく。
「人間メ・・・!」
地下深くに辿り着き根を張っていく。
あるいは地上に向かって。
あるいは地中を掘り進めるように四方八方に。
「許さん・・・!」
ミズホノメは憎しみ、悲しみ、悪意に支配される。
(こうなってしまっても仕方がない・・・。)
凪はミズホノメを見る。
ミズホノメに広がる悪意が自分のことのように感じられる。
根の中心にできたふくらみが蠢き始める。
そして、ゆっくり穴が開いていく。
狭く漆黒の闇。
そこから、怪獣が産み落とされる。
その怪獣は、ゆっくり掘り進められた方に進んでいく。
そして、地上に侵攻していった。
(怪獣って・・・。)
凪は怪獣の真意を知る。
ミズホノメの復讐。
凪の胸に渦巻いていた怒りが、ミズホノメの怒りと溶け合っていく。
しかし、何故か温かいものも感じた。
お兄様は焼け落ちた神社の前に立つ。
そこはもう何も残っていない。
ゆっくりと中に入っていく。
「・・・。すまない。」
お兄様の頬に涙が伝う。
ゆっくり奥に進んでいく。
いつもミズホノメと澪がいたあの部屋があった場所へ。
お兄様は異変に気付く。
その部屋の中心に、焼け焦げた根。
それは焼けてもう崩れ落ちそうになっている。
その根の根元に、根が絡み合っうようにふくらみがあった。
お兄様はそのふくらみをかき分けていく。
「・・・!」
根の中には、小さな人影があった。
お兄様は震える手で根を掻き分ける。
「澪……。」
そこには、澪の亡骸。
あれだけの火中に会ったのに焼けた跡がない。
「この根が澪を守った・・・?」
お兄様はゆっくりと澪を抱き上げる。
そして、根に向かって頭を下げる。
「ありがとう・・・。」
そして、その場を後にする。
根は使命を終えたように崩れ去った。
御兄様は外に出ていく。
外には遺体や崩れた家を片付けている人々がいた。
仲間や家族の死に泣き崩れる者。
崩れ去った家の前に呆然とする者。
人々が御兄様に気付く。
御兄様に集まってくる人々。
御兄様の手の中にはいるのは、恭しく抱かれた澪。
人々は気づく。
澪の死。
そして、ミズホノメ様の死に。
「これがお前たちのしたことの結果だ!」
御兄様は怒りに震えている。
その言葉に人々は何も言えなかった。
人々は誰一人、御兄様の目を見ることができなかった。
俯く人々。
「くっ・・・!」
御兄様はミズホノメの生まれた樹に向かう。
そこは澪の拾われた場所。
ミズホノメと澪の絆の地。
そこで御兄様は舟形の棺を作る。
人々が集まってくる。
誰も何も言わない。
しかし、棺の作成を手伝っていく。
ここに埋葬の準備を進めていく。
「・・・。」
御兄様も何も言わずに棺を作り進めていった。
それから数年後。
澪は埋葬され、そこに神社が建立された。
人々の懺悔。
そして、ミズホノメと澪の御霊を鎮めるために。
国も復活していった。
家も建ち、農地も増えていった。
しかし、争いで増えていったものではない。
御兄様の統治のもと、ミズホノメと澪の意思を引き継ぎ
「団結せよ!」
と号令をかけた結果だ。
御兄様は最初は人間を憎んでいた。
しかし、反省をし心を入れ替え神社を建立する姿を見た。
そして、許すことにした。
なので、国を統治した。
しかし。
「ここ最近、水が溢れ人を襲うことが後を絶ちませんな。」
一人の男が御兄様に言う。
川の氾濫。
周りの地域でも国が沈んだなどとよく聞くようになった。
「天も水も多くなってきたな。」
御兄様は空を見上げる。
太陽が半円状に隠れていく。
「なんだ・・・?」
辺りが暗くなっていく。
(御兄様・・・。)
ふいに声が聞こえ、振り返る。
そこには死んだはずの澪がいた。
「澪・・・?」
澪は悲しそうな顔をしていた。
(来るよ・・・。)
「何が・・・」
言いかけて気づく。
地響きだ。
その地響きが大きくなっていく。
「皆の者!神社に退避だ!」




