13話 御母様 13-2
「あの日…。」
御兄様は思い返す。
大穴での出来事を…。
「行くぞ!」
御兄様の神機が先に大穴に先行する。
続いて、澪の神機も入っていく。
中にはうじゃうじゃ怪獣が溢れていた。
二柱の神機は、怪獣を斬り伏せていく。
そして、最下層まで突入する。
最下層では次々と怪獣が生み出されていた。
その怪獣たちが地上を目指して侵攻していく。
「これは…!」
御兄様は息を呑む。
様々な怪獣が現れては、歩き出す。
その中心に一際大きな根が地上に伸びていた。
「あれが原因か!」
御兄様の神機は、その根に取り付く。
根の腹は膨らんでいた。
御兄様は目を見開く。
そこには、御母様がいた。
「何…!」
御母様は根に囚われているように見えた。
しかし、その身体から伸びる根が次々と怪獣を生み出していた。
「ホノミズメ様……?」
御兄様は動揺する。
あの優しかったミズホノメ様があり得ないと思う。
御兄様の神機が手を伸ばす。
「ホノミズメ様。今、そこからお出しします。」
しかし。
御母様が目を見開く。
そして、神機を睨む。
御母様の口から蛇の舌が蠢く。
「ホ、ホノミズメ様…?」
御母様の瞳に、かつての優しさはなかった。
その時、衝撃が走った。
御母様から伸びた根が神機の腹に刺さる。
「ガハっ…!」
御兄様は血を吐き出す。
神機の腹に刺さった根が御兄様も貫いている。
「くっ…!」
御兄様は神機を飛び上がらせた。
御兄様は一息つく。
澪は目を見開く。
「御母様が怪獣を生み出すもの…?」
信じられなかった。
御母様がそんなことをするはずがない。
「わしもミズホノメ様がそんなことするとは思わなかった。
しかし、お前も知っておろう…。」
御兄様が澪を見る。
その目は悲しみに支配されている。
根に包まれていく御母様の姿が脳裏によみがえる。
「ミズホノメ様の死の真相を。」
凪は琥珀の勾玉の前に立つ。
中にいるのは、どこか神々しさを感じる女の人。
「綺麗な人…。」
凪は少し見惚れてしまう。
しかし、その女の人は悲しげな表情をしていた。
(何でこんなに悲しそうな顔をしてるんだろう…?)
凪は無意識に手を伸ばす。
その手が琥珀の勾玉に触れる。
光が溢れ出す。
そして、凪の中に記憶が流れ込む。
「ミズホノメ様!」
一人の男がミズホノメの前に跪く。
「ミズホノメ様…。ここ最近、木の実が採れなくなってきております。」
男の腹が鳴る。
地面にこすりつける程頭を下げる。
「どうかお恵みを…。」
ミズホノメは微笑む。
そして、優しく頷く。
「これを育てなさい。」
ミズホノメの掌から黄金色の光が零れ、粟と稗が静かに芽吹いた。
男は涙する。
「おお…!ありがとうございます。」
再度、男はひれ伏す。
男の後ろには、子どもや老人も安堵したように頭を下げていた。
そして、子どもたちが笑顔で粟を抱えている。
ミズホノメは子どもたちを見つめ、穏やかに目を細めた。
その顔は絶えず微笑んでいた。
(これが澪ちゃんの言っていた御母様…?)
凪は天の視点で動向を見る。
(優しそうだな…。)
目の前が光る。
人々は収穫に精を出している。
しかし、大地は枯れ、僅かばかりの粟が収穫できただけである。
首を傾げる人々。
皆で頭を悩ませていた。
粟の御食を捧げる巫女。
巫女は震える声で、ミズホノメに尋ねる。
「ミズホノメ様…。畏れ多くも申し上げます。」
巫女は一呼吸置く。
「頂いた苗は枯れ、大地は乾いております。」
巫女はひれ伏したまま続ける。
「苗を育てるには、いかにしたらよいのでしょうか?」
ミズホノメは巫女に答える。
「大地には潤いを与えねばならぬ。」
そう言うと、ゆるりと天に手を伸ばす。
雲を呼び出し混ぜていく。
すると、水が降ってきた。
「これは…!」
「この水を田に引きなさい。」
ミズホノメは笑顔を絶やさずに言う。
「さすれば、大地が黄金に染まりますよ。」
「ありがとうございます…!」
巫女はひれ伏したまま、お礼を言うのだった。
外では、歓喜の声が響く。
人々の笑顔を見るたび、ミズホノメもまた嬉しそうに微笑んだ。
(本当に優しいんだな…。)
凪の心も温かくなる。
また、目の前が光っていく。
目の前に広がるのは、豊かな実りを迎えた黄金の穂波だった。
人々は収穫に精を出していた。
先ほどよりも生き生きと仕事に励んでいた。
しかし。
「人も増えてきたが、このままじゃ食料が足らなくなってくるの…。」
人々は食料が確保でき、子を育てられるようになってきた。
しかし、そうなると土地が足りなくなってきたのだった。
「それに…植物も育ちが悪くなってきたような…。」
植物も年々、細くなっていた。
「また、ミズホノメ様に尋ねてみるか…。」
巫女が御食をミズホノメに捧げる。
巫女はひれ伏し尋ねる。
「ミズホノメ様。畏れ多くも申し上げます。」
一呼吸置く。
「土地を耕し続けたせいか、草木も以前ほど育たなくなっております。」
巫女はひれ伏したまま、続ける。
「いかにしたらよいでしょうか?」
「大地を焼くのです。」
ミズホノメは微笑みを絶やさず言う。
「焼く?」
巫女は目を丸くする。
ミズホノメは雲を呼ぶ。
雲は黒雲となり、雷を呼ぶ。
「何をなさるのです!?」
ミズホノメは微笑みを絶やさない。
「良いのです。」
雷は地を焼いていく。
「大地を焼けば、草木は灰となります。」
巫女に諭すように言う。
「さすれば、大地は癒されるでしょう。」
人々は、不安気にしている。
しかし、その不安は杞憂に終わる。
しばらくすると、人々に笑顔が戻っていった。
人々の笑い声が山々に響く。
ミズホノメは静かに目を細めた。
「皆が笑って暮らせるなら、それでよいのです。」
「ミズホノメ様は人々に穀物を与え、水を与え、最後に火を与えた。」
御兄様は目を伏せる。
「しかし、人間は…傲慢になった…。」
澪が御兄様の言葉を代弁する。
御兄様はゆっくり頷く。
(御母様…。)
神社の周りが火の海になっている。
人々は土地を増やさんがために、燃やしつくた。
そして、他国の土地をも欲しがった。
「火を放て!」
他国の領地に炎の矢を降らしていく。
人々は家を燃やし、土地を奪う。
人の土地を奪うため、攻めるということは攻められることでもある。
豊かな土地を持っているこの土地は羨望の対象になる。
「俺たちにも、食わせろ!」
「俺たちにも、水を渡せ!」
いくつも国がこの国を欲しがった。
それは国だけに収まらず、神の声を聞いていた巫女。
澪にも魔の手が伸びていた。
「澪…!逃げなさい!」
人々が松明を持ち、弓を持ち、農具を持ち入ってくる。
「俺たちにも恵みをよこせ!」
神社が燃える。
人々が争う。
もう逃げ場がない。
ミズホノメが優しく澪を抱く。
「私が与えたからいけなかったのでしょうか?」
澪は御母様のそんな姿を見るのが、初めてだった。
「私が争いのもとを作ってしまった…。いや、人間を醜くさせたのかもしれません。」
御母様が泣いている。
「御母様…。」
澪も共に泣いた。
澪を連れて行こうとする人々。
「やめてください…!」
澪を奪い合い、傷つけ合う。
「争ってはダメ…!」
そして、ミズホノメまで…。
「やめて!」
澪が人々を止める。
その時。
誰かの武器が澪に刺さる。
「ああああああ!」
ミズホノメから根があふれ出し、人間を排除する。
「人間は争い、私の与えたもので私たちを死に至らしめる…。
澪を…。私を裏切った…!」
御母様の瞳に憎悪の色が見始める。
「御母様?」
ミズホノメがゆっくり離れていく。
「私を…!澪を…!傷つけた罪は重い!」
ミズホノメに根が絡まっていく。
「人間め…!」
「御母様…!御母様あ!」
澪は傷ついた身体で根にしがみつく。
神社が燃えている。
梁が倒れる。
もう逃げ場はなかった。
燃える神社の前に御兄様が立っていた。
火の勢いが強い。
御兄様は涙を流し、膝をつく。
「ミズホノメ様…!澪…!うおおおおお!」
間に合わなかった。
人々の争いも止められない。
もう助ける術がない。
御兄様は泣くしかなかった。
凪は琥珀の勾玉前に戻ってきた。
「御母様は間違っていたのか……?」
虚ろな目で勾玉の中のミズホノメを見る。
「人間って救う意味あるのか?」




