1話 愛の行方 1-3
母はいつものように責め立てられていた。
義母は突然やって来ては、 あれこれと文句を並べる。
夫は無関心。
それどころか、 義母の言葉に頷いてすらいた。
「なにこれ!? こんなもの食べさせる気?」
義母が鍋を覗き込み、 露骨に顔をしかめる。
「すみません…… すみません……」
もう口癖になってしまった謝罪。
母は俯いたまま、 同じ言葉を繰り返す。
次の瞬間。
義母は鍋を掴み、 乱暴にシンクへ投げ込んだ。
金属音が響く。
「……」
母は、 シンクの中をぼんやり見つめていた。
思考が止まる。
何も考えられない。
「こんな母親じゃ、 勇斗も可哀想ねぇ」
義母がそう言って、 赤子へ手を伸ばす。
その瞬間。
母は反射的に、 勇斗を強く抱き寄せていた。
渡したくない。
義母が何か叫んでいる。
夫も何か言っている。
でも聞こえない。
渡さない。
渡さない。
この子だけは。
「ああああぁ……!!」
母が叫ぶ。
「渡さない!!」
床が割れる。
黒い根が、 母の背中から噴き出した。
「……っ!?」
無数の根は、 勇斗を抱いたままの母を包み込んでいく。
膨張、侵食し、周りのものを破壊していく。
巨大な怪物は家を突き破り、 産声のような咆哮を上げた。
「──来る!」
澪が顔を上げる。
その視線の先。
遠くの町で、 何かが崩れる音が響いた。
「……なんだ?」
凪が目を凝らす。
最初、 それが何なのか分からなかった。
土煙。
崩れる家屋。
その中心で、 巨大な“何か”が蠢いている。
木の根のようなものが、 地面を這い、 うねりながら膨れ上がっていく。
絡み合い、 形を作り、 巨大な影になっていくそれは──
怪獣。
そう呼ぶしかない存在だった。
「あれは……」
澪の瞳が揺れる。
燃え盛る炎の中。
少女は、 優しい温もりに抱き寄せられていた。
大きな手。
嗅ぎ慣れた匂い。
その温かさに、 少女はわずかな安堵を覚える。
けれど、 不意にその手が離れていく。
ぽたり。
一滴の水が、 少女の手の甲へ落ちた。
「……御母様?」
その瞬間。
地面が軋む。
無数の黒い根が、 地中から噴き出した。
「っ……!」
根は、 “御母様”と呼ばれた女性へ絡みついていく。
腕へ。
脚へ。
身体へ。
「御母様……! 御母様!!」
少女は必死に手を伸ばす。
根へ縋りつく。
けれど届かない。
「澪……」
女性が、 悲しげに少女の名を呼んだ。
澪の顔色が変わる。
勾玉が小さく震える。
「あれは…… 御母様……?」
澪の呟きを、 凪は聞き逃さなかった。
「御母様……? あの怪獣が……?」
次の瞬間、 澪は駆け出していた。
「え、澪ちゃん!?」
追いかけた先には二体の巨大な石像。
澪はそのうち一体の前で、 琥珀の勾玉を握り締め、 祈るように膝をついていた。
「御母様を…… 御母様を助けたいの……!」
「だから…… 力を貸して……!」
その瞬間。
石像に、 ゆっくりと色が宿る。
灰色だった巨体へ、 脈動するように光が走っていく。
「これは…… 像じゃない……」
凪は息を呑む。
「ロボット……?」
ゆっくりと、 像の瞳に光が灯る。
凪には、 もう分かっていた。
これから、 日常は終わるのだと。
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