1話 愛の行方 1-2
母はキッチンに立っていた。
落ち窪んだ瞳には、 もうほとんど生気がない。
鍋をかき回す手だけが、 機械のように動いている。
背中で揺られる赤子は、 安心したように母へ身体を預けていた。
母は一定のリズムで身体を揺らしながら、 小さく赤子の背を叩く。
その手つきだけは、 どこまでも優しかった。
不意に、 チャイムが鳴る。
母の肩が跳ねる。
今日は訪問の予定などない。
もう一度、チャイムが乱暴に鳴らされる。
「早く出ろよ!」
怒鳴り声がする。
母はびくりと身体を震わせ、 声のした方を見る。
ソファーでは、 夫が苛立った顔のまま、 スマホを弄っていた。
恐る恐る、 母はモニターへ目を向ける。
映っていたのは義母だった。
その瞬間、 母の顔から血の気が引く。
背中を、 嫌な汗がゆっくりと伝っていった。
凪は神社の掃き掃除をしていた。
これが凪の日課だ。
神社を掃除しながら、 澪と話をする。
それが、 凪にとって何より楽しい時間だった。
「いつも、ありがとね」
澪が少しだけ表情を緩める。
白い着物に、 琥珀の勾玉。
古風な出で立ちの少女。
けれど、 話し方は以前よりずっと柔らかくなっていた。
凪が幼い頃に出会った時、 澪はもっと古い言葉で話していた。
その変化を、 凪は少し嬉しく思っている。
「いいんだよ。 これが毎日の楽しみなんだし」
凪はそう答えながら、 澪へ視線を向ける。
ここ最近、 澪は時折遠くを見ていた。
不安と寂しさが混じったような顔。
「どうしたの?」
澪は静かに首を横へ振る。
何かを隠している。
それは分かる。
けれど、 凪はそれ以上聞けずにいた。
代わりに、 話題を変える。
「そういえばさ、 この像デカすぎない?」
凪は箒を肩に担ぎながら、 二体の石像を見上げた。
社や鳥居は立派だ。
だが、 神社自体はそこまで大きくない。
それなのに、 境内に鎮座する二体の像だけが異様だった。
「10メートルくらいあるだろ、これ……」
澪は小さく笑う。
「守り神なの」
「へぇ〜…… 何から……」
轟音。
雷が落ちた。
空気が震える。
静寂。
「──来る!」
澪の声。
その直後、 どこかで何かが崩れる音が響いた。
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