4話 悪意の矛先 4-3
男の中から、 止め処なく怒りが溢れていた。
今まで押し込めてきた鬱憤。
それらが、 一気に噴き出していく。
「ハハハ……!」
「俺を抑圧する奴ら…… 全部壊れろぉ!!」
怒り。
破壊衝動。
解放感。
男は、 高揚していた。
(俺の言うことを、 聞いてればいいんだ!)
上司の顔。
(先輩って、 会社の言いなりっすね)
部下の顔。
(君、 仕事できないでしょ?)
顧客の顔。
次々と、 色々な人間の顔が浮かぶ。
「全部…… 破壊してやる!!」
怪獣が咆哮を上げる。
全身を巡る水が、 一点へ圧縮されていく。
次の瞬間。
高圧水流が、 建物を貫いた。
轟音。
ビルが、 崩れ落ちる。
神社の神機が、 ゆっくりと起動する。
石の身体に、 光が走る。
「凪が…… 呼んでる……?」
澪は、 ハッと顔を上げた。
神機は、 澪の方へ静かに顔を向ける。
そして、まるで応えるように、 澪の前へ跪いた。
「行こう……!」
神機は、 そっと手を差し出す。
澪は、 その掌へ乗った。
少しだけ、 澪の表情に笑みが浮かぶ。
「ありがとう……」
次の瞬間、神機は、 凪の元へ駆け出していた。
凪は、 覚悟を決めていた。
もう、 あの母親のようにはしたくない。
何ができるのかは分からない。
自分には、 大それたことかもしれない。
それでも、自分にできることを、 やるしかない。
遠くの空。
神機が、 こちらへ飛んできている。
「力を…… 貸してくれ……」
神機が、 凪の前へ降り立つ。
凄まじい風圧。
吹き飛ばされそうになりながら、 凪は目を見開いた。
神機の掌に澪がいた。
「澪ちゃん!」
神機の手が、 ゆっくりと降りてくる。
澪と凪は、 しばらく見つめ合った。
言葉が出ない。
短い沈黙。
「行こう」
どちらからともなく、 声が重なる。
二人は、 神機の胸にある琥珀へ飛び込んだ。
広がる異空間。
凪は、 強くイメージする。
すると、二つの座席を持つ、 複座式のコクピットが現れた。
「なにこれ……?」
澪が、 純粋に目を丸くする。
「この方が、 ロボットっぽいじゃん」
凪が、 少し無邪気に笑った。
二人は、 それぞれ座席へ着く。
「神機…… 出る!」
凪が、 ペダルを踏み込む。
バーニアが吹き出すイメージをする。
次の瞬間、神機は、 怪獣へ向かって飛び出した。
黒雷神は、 鉄塔の上から町を見下ろしていた。
怪獣が、 町を蹂躙していく。
放たれる高圧水流。
崩れ落ちるビル。
逃げ惑う人々。
「ふん……」
黒雷神は、 鼻で笑った。
「今回は…… 怒りか」
その目は、 まるで人間を観察するようだった。
「抑え込んだ感情が、 怒りによって爆発する……」
「実に、 人間らしい」
黒雷神は、 愉快そうに口元を歪める。
「大量の悪意……」
「“御母様”も、 さぞ喜ばれるだろう」
黒雷神は、 ゆっくりと両手を広げた。
「さあ…… もっと怒れ」
「もっと憎め」
「そして、 悪意を生み出せ!」
雷鳴。
「ハハハハハ!!」
「見えた!」
凪は、 ペダルを踏み込む。
神機が、 それに呼応するように加速していく。
怪獣は、 目前。
「私が神機の制御と、 怪獣の内部を見る」
澪が、 後部座席から声を飛ばす。
「凪は、 戦いに集中して」
「分かった…… 任せて!」
凪は、 怪獣を真正面から見据える。
そして、それっぽく、 目の前のボタンを叩いた。
次の瞬間、神機の手に、 光の剣が現れる。
「やあああ!!」
振り抜かれる斬撃。
迫る高圧水流を、 次々と切り裂いていく。
「キリがない……!」
凪は、 歯を食いしばる。
次々と放たれる高圧水流。
斬っても、 斬っても、 終わらない。
それどころか、圧倒的な水圧が、 神機を押し戻していく。
前へ出られない。
「くっ……!」
凪は、 唇を強く噛んだ。
「触れないと…… あの人の気持ちが分からないのに……!」
前回は違った。
根が伸びてきた。
だから、 怪獣と接触できた。
けれど今回は――
「どうすれば……!」
その瞬間。
怪獣の全身が、 脈打つように膨らむ。
「っ!?」
次の瞬間、無数の高圧水流が、 一斉に放たれた。
「ぐああっ!!」
神機が、 激しく揺れる。
「捌ききれない!!」
男には、 近づいてくる神機が見えていた。
「やつは……!」
神機の姿が、 別のものに見える。
怒鳴る上司。
見下す顧客。
嘲笑う部下。
それらが、 神機の姿へ重なっていく。
「お前も…… 同じか……!」
怪獣が、 怒りの咆哮を上げる。
「俺を…… 縛り付ける気かぁ!!」
男の意識は、 怒りに呑み込まれていた。
「皆…… 同じだ……!」
「俺を、 都合良く使いやがる……!」
「オレは……」
「オレハ…… ドレイジャナイ!!」
怪獣の全身を巡る水が、 激しく脈動する。
次の瞬間、無数の高圧水流が、 神機へ集中した。
「ハハハハ!! 俺を虐げる奴らは…… 全部消えろぉ!!」
怪獣が、 神機へ猛攻を浴びせる。
放たれる高圧水流。
神機の装甲が、 次々と削られていく。
その感覚に、男は、 快感すら覚えていた。
「もっとだ…… もっと壊れろ……!」
その時だった。
「……ん?」
男の視界に、 一人の人間が映る。
逃げ惑う男。
「あいつは……!」
脳裏に、 怒鳴り声が響く。
(俺の言う通りにしろ!)
(何故、 自分で判断できない!)
(俺は、 お前のためを思って――)
「ああああああああ!!」
怪獣が、 怒りの咆哮を上げる。
標的が変わる。
怪獣は、 逃げ惑う上司へ狙いを定めた。
「標的が…… 変わった……?」
凪は、 怪獣の攻撃が逸れたことに気づく。
今まで、 自分たちへ集中していた攻撃。
それが突然、 別方向へ向かった。
「っ……!」
神機を、 強引に立ち上がらせる。
「あれ!」
澪が、 遠くを指差した。
逃げ惑う一人の男。
怪獣は、 その男へ攻撃を集中している。
「標的は…… あの人……?」
「なんで……?」
凪は、 歯を食いしばる。
「考えても無駄か…… 助ける!」
神機のバーニアが吹き上がる。
凪は、 怪獣の前へ割り込んだ。
「ぐっ……!」
神機で、 怪獣の身体を押し返す。
その時だった。
「……っ!」
澪の表情が変わる。
「何これ…… あの人の中、 ぐちゃぐちゃ……」
「それに…… 拒絶……?」
澪は、 男の感情へ触れていた。
怒り。
憎しみ。
そして、誰も受け入れたくないという、 強烈な拒絶。
「怒ってるの……?」
「あの人に……?」
澪は、 怪獣の真意を探ろうとする。
「怒りをぶつけるだけじゃ、 ダメだ!!」
凪は、 怪獣を押し返しながら叫ぶ。
「っ……!」
「どうする……!?」




