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三年間名ばかりの妻でしたが、離縁届を置いて出ていきます。――え、隣国の皇太子が私を望んでいる? もう遅いですよ、旦那様  作者: 物語創造者≪イマージェン・クリエイター≫
第1話 「お前がいなくなっても、何も変わらない」

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1-3

屋敷を出ると、秋の風が冷たかった。


辺境伯である父の領地まで、馬車で三日。路銀は、領地管理の報酬として正当に受け取っていた分がある。贅沢をしなければ、しばらくは生きていける。


乗合馬車の停留所まで歩く。


公爵夫人が供もつけずに一人で歩いている。それがどれほど異常なことか、すれ違う人々は誰も気づかない。


――ま、そうよね。


私はいつだって、誰の目にも留まらなかった。


地味な栗色の髪。特別に美しくもない顔。華やかな社交の場では壁の花。


アンドレイが私との婚姻を「無意味」と呼ぶのも、わからなくはない。


彼が望んでいたのは、フローラのような華やかで、明るくて、自分を慕ってくれる女性だったのだろう。


帳簿を読み、薬草を煎じ、領民の嘆願書を分類するだけの、地味な妻ではなく。


「…………」


わかって、いたのだ。


最初から。


それでも、もしかしたら、と思ってしまった三年間が、私の愚かさの証明。


もう、終わりにしよう。



乗合馬車を待つ間、街道に一台の馬車が通りかかった。


見たことのない紋章。この国のものではない。


白銀の車体に、蒼い隼の意匠。


――隣国、ヴェルグリア帝国の紋章だ。


外交の使節だろうか。時折この街道を通ると聞いたことがある。


馬車はゆっくりと私の横を通り過ぎ――


ふと、窓の帷がわずかに揺れた。


その隙間から、視線を感じた。


一瞬だけ見えた、深い蒼の瞳。陽光に透ける金の髪。


まるで、絵画の中の人物がこちらを見ているような。


息を、忘れた。


けれど馬車はそのまま通り過ぎていき、帷は再び閉じた。


「……何だったのかしら」


首を傾げる私の耳に、停留所で待っていた商人らしき男たちの会話が聞こえた。


「なぁ、聞いたか。ヴェルグリアの皇太子殿下が、じきじきにこの国を訪れるらしい」


「ああ、聖女を探しているって話だろ? 百年に一人の、癒しの力を持つ聖女。どこの国にも見つからなくて、最後の望みでこっちに来るんだと」


「聖女ねえ……そんなもの、この国にいるのかよ」


「さあな。でも皇太子殿下が自ら動くってことは、よっぽど切羽詰まってんだろうよ」


聖女。


その言葉に、右手がかすかに疼いた。


昔から、傷ついた動物に触れると手のひらが温かくなることがあった。領民の子供が熱を出した時、私が額に手を当てるとなぜか翌朝には治っていた。


偶然だと思っていた。ずっと。


「――乗合馬車、参りましたよ!」


御者の声に我に返り、私は鞄を持って立ち上がった。


馬車に乗り込む。


窓の外を、あの白銀の馬車が遠ざかっていくのが見えた。


蒼い隼の紋章が、秋の陽に光っている。


――聖女を探している、皇太子。


私には関係のない話だ。


今はただ、実家に帰ること。それだけを考えよう。


馬車が揺れ始める。ヴォルコフの屋敷が、少しずつ小さくなっていく。


三年間の日々が、遠ざかっていく。


さようなら、アンドレイ。


あなたの望み通り、いなくなります。


お前がいなくなっても何も変わらない――そう、あなたは言うのでしょうね。


ええ、きっとそうだと、私も思っていました。


今は、まだ。



その日の夜。


ヴォルコフ公爵邸の厨房では、料理長が頭を抱えていた。


「奥方様の献立表がない……明日の仕入れ、どうすればいいんだ?」


執事は書斎で帳簿を開き、眉をひそめた。


「この計算式は……奥方様にしかわからんぞ」


薬草園の手入れ係が駆け込んできた。


「すみません、奥方様はどちらに? 明日の調合の指示をいただかないと……」


誰もが、リゼットを探していた。


そして書斎の机の上に置かれた一枚の紙を、まだ誰も見つけていなかった。

第1話 了

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