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朝食の席で「無意味だった」と言われた日の午後。
私は自室の机に向かい、一枚の書類を取り出した。
離縁届。
この国の法律では、公爵家の婚姻解消には双方の署名と王家への届出が必要になる。けれど、三年間子がなく、夫側に明確な不貞の事実がある場合――妻の側から一方的に届け出ることもできる。
……二年前から、調べてあった。
ペンを持つ手は震えない。
三年前の私なら泣いていた。一年前の私なら迷っていた。
でも今日、「無意味だった」という言葉を聞いて、最後の糸が切れた。
悲しみではなく。
怒りでもなく。
ただ――ああ、もう、いいのだ、と。
そう思っただけ。
名前を書く。リゼット・ヴォルコフ、と。
――いいえ。
ペンを止める。
リゼット・セレブリャコフ。
旧姓で署名した。もう、ヴォルコフの名を使う理由はない。
◇
荷物はほとんどなかった。
三年間この屋敷にいて、私個人のものと呼べるものは驚くほど少ない。
嫁入りの時に持ってきた数冊の薬草学の本。母の形見のブローチ。質素な着替えが数着。
宝飾品はすべてヴォルコフ家のものだ。一つも持っていかない。
ドレスも、靴も、髪飾りも。全部置いていく。
「……これで、よし」
小さな旅行鞄一つ。
それが、三年間の結婚生活の全て。
笑ってしまう。本当に、無意味だったのかもしれない。
――少なくとも、あの人にとっては。
離縁届は、アンドレイの書斎の机の上に置いた。
きっと今頃、フローラと庭園を散歩している。私がこの屋敷を出ることに、今日中に気づくかどうかも怪しい。
「お世話になりました」
玄関で頭を下げた私に、使用人たちは目を丸くした。
「奥様、どちらへ?」
「実家に戻ります」
「……あら」
それだけ。引き止める者は、一人もいなかった。




